ずどこんちょ

泣きたい私は猫をかぶるのずどこんちょのレビュー・感想・評価

泣きたい私は猫をかぶる(2020年製作の映画)
3.3
コロナ禍でNetflix配信になったけど、元々劇場公開用だった作品なんですね。

両親の離婚をきっかけに周りの人達がどうでも良くなって、悲しみに仮面をつけて底抜けに明るくなった少女、ムゲ。
彼女の脳内再生では、親友の深瀬と片想いをしている少年、日之出以外は皆カカシです。突然、モブキャラたちがカカシになるのがユニークな設定です。
次第にムゲの抱えた傷の深さが描かれるようになってくると、これが多分大袈裟じゃなくて、本当にムゲには無意味なカカシに見えてるんだろうなぁと思えるから切ないです。

ムゲは想いを寄せる日之出にウザめの絡み方をして、日之出に邪険に扱われていますが、不思議な仮面の力によって猫になって日之出に近付く時は受け入れられ、安らぎを得ています。
監督の話によれば、彼女が素直に感情を表せないのは幼い頃に大好きな母親に裏切られたという見捨てられ感から、本当に好きな人に正面から本音で話すとまた裏切られるかもしれないという恐怖心によるふざけ方のようです。
底抜けに明るくて、やる事なす事「無限大」のムゲと呼ばれる変わり者ですが、内面は非常にナイーブな少女なのです。
だからこそ、彼女の明るさが痛々しいし、親友の深瀬はムゲの弱さを知っているばかりに心配でなりません。

周囲の環境から本音を話せなくなったムゲの一方で、あまり作中では触れられていませんが実は日之出も父を失っています。
陶芸家の祖父が父親代わりに日之出の話を聞いてくれているため、ムゲほど喪失感を抱えていませんが、彼の心の支えだった工房が経営難で閉じられることになります。
工房は、土と向き合いながら祖父と本音で話ができた唯一の憩いの場、つまり父性との交流の場でもありました。

日之出にも喪失の危機が迫っていて、それを救えるのはムゲしかいません。
しかし、ムゲは深い悲しみから人間であることを捨ててしまい、猫の姿から元に戻れなくなってしまったのです。
今こそ、ムゲとして日之出と向き合わなければならないのに。
心を通わせられるのに。

ストレートな愛情表現が気恥ずかしい所もありますが、猫がとにかく可愛いし、ピュアな気持ちに包まれるアニメでした。