Dick

コレクティブ 国家の嘘のDickのレビュー・感想・評価

コレクティブ 国家の嘘(2019年製作の映画)
5.0
❶相性:上。
★製薬会社⇒病院⇒政府権力へと繋がる癒着の連鎖と、それを暴く勇気あるジャーナリストと正義の政治家。

➋発端は、6年前の2015年10月30日、ルーマニアの首都ブカレストのナイトクラブ「コレクティブ」で、ロックバンドのライブ中に発生した火災事故。原因は、演出に用いた火が防音材に燃え移り瞬時に広がったが、収容人数オーバーな上、出入り口が1つしかなく、逃げられなかったためで、27人が死亡し(注1)、約180人が負傷・入院した。この大惨事で、クラブのオーナーが過失致死の疑いで逮捕されたが、かねてから批判されていた政権の腐敗を糾弾する2万人の抗議デモに連なり、首相が退陣、区長が身柄を拘束される事態に発展した。

(注1)
「公式サイト」では死者27名となっている。事故の翌日(10/31)の「AFP」では「少なくとも27人が死亡し、150人以上が負傷、少なくとも25人が重体で、死者の数はさらに増える恐れがある。」となっている。そして、10日後の
「The Huffington Post」及び「NME Japan」では、死者45名となっている。このことから、事実は「事故当日に27名が死亡、それから10日までの間に重体だった20名が死亡、合計45名が死亡。」と推定。

❸この事件は、日本のニュースでも大きく報道されたので、記憶に残っている。

❹しかし、日本では殆ど報道されなかった重大なことがあったのだ。それが、本作の柱となっている。

①事故後数カ月の間に、一命を取り留めたはずの入院患者が複数の病院で次々に死亡し、最終的には死者が64名にまで膨れ上がった。一方、外国の病院に運ばれた重症患者の死者はなかった。
②保健大臣は、「ルーマニアの病院はドイツより優れている」と強調する。
③しかし、不審を抱いたスポーツ紙「ガゼタ」の編集長トロンタンのチームは、独自に調査を開始する。そして、ブカレスト大学病院の麻酔医の内部告発を得て、衝撃の事実を突き止める。
★前半は、トロンタンたちの活動と、それによって明らかにされる被害と癒着の関係がメインとなる。
④患者が死亡したのは、院内感染によるもので、その原因は希釈されて、基準を満たしていない消毒液(抗菌剤)にあった。製薬会社は、コストを下げるために、希釈し、書類を改ざんしていたのだ。それを承知で国が認可していたのだ。
★何年も前から効果のない消毒液が殆どの病院に供給されていて、患者たちは命の危険にさらされていたのだ
⑤それによって、莫大な利益を手にした製薬会社のトップは、病院の理事長や医師、医療を統括する政府の関係者に賄賂として分配する一方、外国に富裕層相手の私立病院を作って、更なる利益を稼いでいたのだ。
★ルーマニアの病院の多くは、国が補助金を出している公立病院なので、国民は、安心安全でない医療体制に加え、割高の治療費と、補助金として支出される税金の両方で搾取されるという、トリプルパンチを受けていたのである。
⑥トロンタンたちの命がけの活動で、内閣は辞職に追い込まれる。
★消毒液のメーカーの社長が事故死するが、殺された可能性がある
★チームメンバーには諜報部(秘密警察)からの警告があった。
⑦2016年5月、新たに保健大臣に任命された若いヴォイクレスクは、オーストリアで金融ビジネスの経験があり、貧しい患者を支援する活動をリードしていた、正義の人であった。
★後半は。彼がメインとなる。ヴォイクレスクは手足となる数名のスタッフを選んでいた。
★ヴォイクレスクの一番凄いことは、保健省内での撮影を全面的に許可し、過去市民が知りえなかった生々しい状況が公にされたこと。こんな密着取材は日本ではありえない。欧米でもないのではないか?
⑧ヴォイクレスクは早速、保健医療の改革に着手するが、その前には巨大な壁があった。
★賄賂元の理事長たちは、資金力を武器に、フェイクニュース等で妨害工作をする。
★美人の女性市長までもが、TVインタビューでヴォイクレスクを攻撃する。
⑨そして、決着は2016年12月の総選挙に委ねられた。
⑩選挙結果は、腐敗政権の批判を受け、前年に政権を手放した野党の「社会民主党」が圧勝し、少数与党の「国民自由党」は大敗したのであった。
★決め手となる投票率が、過去30年間で最低の32%で、特に20代~40代が低かった。
★広告収入に依存している殆どのマスコミは、長期政権の「社会民主党」との間に利権関係が出来ている。本作の「ガゼタ」の様なスポーツ紙の影響力は小さいのだ。投票率が低いのはこのためである。
★結果として、大衆は変革を望まないようである。
★ネットや新聞のオピニオン欄を賑わす有意の人たちは、少数派なのだ。
⑪ロンタンやヴォイクレスクたちが求めた医療改革は振り出しに戻ってしまった。
⑫ラストで、任務を離れたヴォイクレスクが、ウイーンに住む父親と電話している。
父が言う:「そこでは、引退するまで働いても何も変わらん。無駄なことはしないで早くこっちに戻って来い」
★これに対するヴォイクレスクの決断は示されないが、ホンネとしては父を支持する。

❺まとめ
①公式サイトでアレクサンダー・ナナウ監督(39)が語っている:
「ポピュリストが政権を握り、嘘をつき、自由な報道を攻撃し、自分たちの利益のために国家機関を悪用し、リベラルな価値観や社会構造の意味そのものを曲げるというパターンがあります。2016年は世界中の民主主義が試されましたが、同時に私たち一人一人も試されたのです。」
②残念ながらルーマニアは体制の壁を破れなかった。
③しかし、ロンタンやヴォイクレスクたちが蒔いた種は、いつか必ず実る時が来る。そう信じたい。
④でも現実は、クズの政治家が政権を握り、それを選挙権のある国民の過半数が支持する愚かな国はルーマニアのみならず、アメリカも、イギリスも、そして我が日本もそうであり、10年や20年では変わりそうもないことが最大の問題である(涙)。
Dick

Dick