KnightsofOdessa

アシスタントのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

アシスタント(2019年製作の映画)
4.0
[見て見ぬ振りをしてきた人々へ] 80点

夜明け前から職場へと赴き、誰もいない職場の電気を付けて、名簿を印刷して上司の机に置き、定時に出勤してきた同僚に上司の予定表を配布し、上司の経費を整理し、上司宛の郵便物を開封する。映画はこのように、新人アシスタントであるジェーンの日常風景を重ねていく。彼女は大手映画会社に勤めており、その上司は業界の大物らしく、引っ切り無しに来訪者や郵便物がやって来ては帰っていく。しかし『ジャンヌ・ディエルマン』のようなこれらの普段生活には、序盤からどこか異様さに満ちあふれている。上司の部屋にはイヤリング(?)が落ちているし、カウチを掃除せねばならないし、定期的に掛かってくる上司から罵倒の電話には、即謝罪のメールを返さねばならない。強権的なのは彼女の男性同僚たちも同じである。彼らもまた上司に罵倒される立場でありながら、ジェーンの謝罪メールを添削して面白がったり、上司の半狂乱になった妻からの面倒な電話を全てジェーンに押し付けたり、ジェーンが注文した昼食にケチを付けたりなど、まるで彼女の上司であるかのように振る舞うこともある。プロデューサーになるという夢を持つ彼女は未来のためにそれら暴力的な仕打ちの数々に耐え忍び、DV夫のように甘言を弄して彼女の功績を称える上司に振り回され、女性であることアシスタントであること新人であることを理由に他にも様々な人間から様々な形で存在を軽んじられ続ける。そんな退屈で異常な日常を仏頂面でやり過ごそうとしている。

彼女は田舎で上司と出会って新人アシスタントに抜擢された若い女性をホテルまで送る。後に上司が何も知らない彼女を自らの欲望のために呼び寄せたことを察するが、他のアシスタントや脚本部の人間など直接的な悪影響のない人々は"前もこんなことあったよな"と笑い話にしているのだ。それを人事部長に告げると、"憶測だろ?"とか"キャリアを棒に振るな"とか"アシスタントなんていくらでも替えがきく"とか"そいつが大人の女性なら自分のことくらい自分で決められる"とか"自分より注目されてるのが許せないのか?"とか散々罵倒と恫喝を使って上司の片棒をかつぐ。そして、これらの会話に含まれた多くの事項について、ジェーンは常日頃から考えていたことだろう。この短いシーンに本作品が描きたかっただろうことが集約されている。上司の犯罪は、決して彼一人では成立しえなかったのであり、ジェーンに向いた女性蔑視的な視線や事なかれ主義の牙の全てに、つい最近まで彼を擁護し続けた業界の空気感がはっきりと表れている。作中で触れられる最悪の言葉の一つは、間違いなく人事部長の発した"気にしなくていい、君は彼のタイプじゃない"になるだろう。全ての面において気持ち悪すぎる。

"上司"とは名言は避けているもののワインスタインを指しているが、彼の犯罪や業界全体のハラスメントだらけで女性蔑視的な空気、それら双方に加担した無名の職員たちの罪を描くには深堀りが足りないように思える。その観点から見れば、ジェーン自身へのハラスメント以外は断片的な状況証拠のみに留まり、新人アシスタントの女性は普通に職場に戻ってくるなど、全体的にフワフワしすぎているというか、無益な多重解釈を生めるような作りになっているのだ。しかし、その"フワフワしてるから分からんし、関係ないから知りたくもない"という態度こそ、業界がハラスメントや犯罪の温床となった原因の一つであることは明白だ。これは口を閉ざすことで受動的な加害者となりうる人々へのメッセージのように思えた。彼ら/彼女らが声を上げない限り業界は変わらないし、なんなら第二第三のワインスタインを生み出しかねないから。
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