そーいちろー

逃げた女のそーいちろーのレビュー・感想・評価

逃げた女(2019年製作の映画)
4.0
ホン・サンスの凄さはほとんど筋らしい筋も、観客をあっと言わせるようなどんでん返しも、懇切丁寧な説明もないのに、過不足なくこの世界のありようを映画として映し出してしまうことだと思う。

ストーリーを説明すれば、五年間一日たりとも旦那と離れたことがない(と自称する)女が先輩や友達の家を渡り歩き、ご飯を食べ、酒を飲み、語り合う。そしてなんて事のない友人達のトラブルを監視カメラを通じて目撃し、また彷徨っていく。

実際のホン・サンスとキム・ミニ自身の関係を思わせるようなダイアローグが差し込まれつつも、それが一体なんであるかを匂わせることもなければ、語られることもない。

ただただそこにある世界の、どこにでもありそうな会話が映しとられているだけ。

そして、何か二人の間に秘密の過去が潜んでいそうな男女の関係が、ただそれとして置いてあるだけ。

ホン・サンス作品の持ち味の一つである唐突に差し込まれるズームアップシーンは、ここぞというところという印象が従来作ではあったのだが、本作では濫用がみられ、そこは少しどうなのかとも思う。

このズームアップは多面的な解釈が可能な演出なのだが、いったい本作においてホン・サンスは何を意図していたんだろうか。

ホン・サンスは韓国のロメールと評されているが、ロメール作品に出てくる登場人物のもつなんとも言えない哀切さを皆持ち合わせてはいるのだが、ロメール作品のある種の特権的な人間たち以上の寄る辺なさ(一歩間違えれば貧困女性扱いされそうなキムミニの佇まい)を感じさせ、そこに韓国の案外寒々とした街並みの風景が溶け込んで、いいのだ。

たしかにフランス映画の技法を韓国に持ち込んだようであり、それが化学反応を起こしているわけだが、今これだけ大胆に企みらしい企みを感じさせない、それでいて計算され尽くされた飄々とした映画を作り込める監督はいるんだろうか。

ダラダラといかずに、過不足なく77分という短さで作品をまとめているところも素晴らしい。

残念なのは、熱心なファン以外はあまりホン・サンスの人気がなく、日本での公開が遅れがちなところかな。