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のぼる小寺さんのmのレビュー・感想・評価

のぼる小寺さん(2020年製作の映画)
4.6
古厩智之監督と言えば青春映画の傑作「ロボコン」だけど、これは久々に「ロボコン」を想起する良い作品だった。

正直導入はあまり上手くいっていないと感じた。近藤君が小寺さんの登る姿を『見る』事がポイントなのだけど、カメラのポジションやレンズ選択が微妙に良くなくて『見る』という事が今ひとつ巧く表現できていない、気がする。
脚本の構成の事もやや気になって、最初の二回のボルダリングは必要ないのではと思う。冒頭は進路希望調査の居残りのシーンから始めて、その後放課後の部活動シーンになって近藤君が初めて小寺さんのボルダリングを見て目を奪われる、という流れの方が色々スムーズだったのでは?
ただその後人物ごとにチャプターを区切って彼らの事を描いていく構成は良かった。「映画 聲の形」「リズと青い鳥」「若おかみは小学生!」とアニメ映画で数々の傑作を放ってきた吉田玲子脚本、良い仕事です。『頑張る』主人公達と頑張らない人達の間の超えられない壁を描く事と、かと言って頑張らない彼らを冷笑したりもしない視点も良かった。頑張らない彼らにも彼らなりの感情や生き方がある。

序盤はあまり乗れなかったけど、体育の授業中にバレーボールを顔面に受けて鼻血を出した小寺さんが、ごく当たり前のように最短経路である窓からひょいと飛び出して保健室に向かう所辺りから映画に徐々に入り込めた。役者の身体性をきちんと活かす所に古厩演出の映画の美学がある。

小寺さんやクライミング部のメンバーが登る姿を無駄にカットを割ったり寄ったりして誤魔化さずに、その肉体の動きをしっかり堂々と撮っているのが素晴らしい。こういう事が『映画』だと思う(それだけに序盤のボルダリングにやたらエモーションを煽ってくる音楽が重ねられるのが五月蝿く感じた)。この辺には「ロボコン」の競技シーンの精神を感じる。
この映画にとって大事なのが、彼女達は登るだけでなく失敗して(命綱無しで)何度もマットの上に落ちるという事で、その落ちる姿をしっかり画で捉えているのも良かった。何度も激しく落ちて、それでもまた登る。登る事にも落ちる事にも俳優陣の努力と身体能力が現れていて素晴らしい。そのお陰で『頑張る事』の尊さを描く映画の説得力が増している。

小寺さんと女子達の関係性は男子達よりも複雑というか、本来繋がらない同士が繋がる尊さがあって良い。ここには吉田脚本の力や特質が強く出ている気もする。特にギャルっぽい倉田さんと小寺さんの関係が良くて、大事なのが劇中で小寺さんがボルダリングの事以外で本当に『見て』いるのは倉田さんの事だけという事(だからこそラストの近藤君の「見て」が意味を持つ)。小寺さんと倉田さんの関係性の変化にはこの映画の中でも特別なものがあり、そこを古厩さんも注意してしっかりと描いている。

小寺さん役の工藤遥は正直序盤は彼女が映画の中心にいて大丈夫なのだろうかと不安になったが、徐々に何故この人が『主役』なのか、皆が彼女に惹きつけられるのかが分かってくるのが良い。
ハスキーな声、膝を立ててラーメンをもしゃもしゃ食うガサツな姿、そして何度もドアではなく最短経路の窓から飛び出し、椅子と生垣を飛び越えて校舎の壁のパイプをするすると登っていく姿。工藤には独特の身体性の強さと骨の太さがあって、それが映画の芯になっている。

近藤君役の伊藤健太郎は序盤は今ひとつだけど小寺さんに感化されて卓球で頑張り始めてから熱を帯びてきて良い。根暗だったのが小寺さんに感化されて頑張る鈴木仁もまた少しずつ熱を帯びてきてから目立ってくる。

写真に情熱を注ぐ小野花梨は良い塩梅でオタクっぽく、特に近藤君に小寺さんを撮っているのを見られて気まずく体育館を逃げていく時のぎこちない足取りの芝居の絶妙さには役柄とは真反対の小野自身の運動神経の高さが垣間見える。

ギャルっぽいけど実は情熱を注ぎたいものがある倉田さん役の吉川愛は一番の儲け役をきちんとモノにしていて好演。目力の強さが良い。


古厩さんがインタビューで『体育館の窓から日が射し込んで一番綺麗に映るタイミングを狙ってボルダリングのシーンを撮った』と言っていたけど、その日射しへのこだわりはラストシーンでも感じた。でもそのラストと冒頭近くで(正面めからの)クローズアップを撮るのを最後まで避けた事、小寺さんが初めて倉田さんの事を『見る』瞬間にカメラポジションが人物の正面よりではなく横位置だった事は良くなかったのではと思う。『見る』事を映画で描く事は難しい。
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