カツマ

ヴァスト・オブ・ナイトのカツマのレビュー・感想・評価

ヴァスト・オブ・ナイト(2019年製作の映画)
4.0
爆発する過去への憧憬。それはSFの黎明期へとタイムスリップするかのような映画体験。未知なるものは未知のまま、ヒタヒタと謎という名の姿をさらけ出していく。ただ、その謎めいた何かは見えず、我々は想像力という名の怪物を飼いならすこととなる。忍び寄るものは果たして何か?世にも奇妙な体験がきっとあなたを待っている。

今作が初の長編監督となるアンドリュー・パターソンなる人物が、自主制作で完成まで漕ぎ着けた作品だ。それをアマゾンプライムに見初められるという幸運が重なり、こうして配信という形で世界へと羽ばたくこととなった。元々今作は2019年のインディペンデント映画の祭典、スラムダンス映画祭で注目され、配信大手の目に留まり、そして世界へと拡散される、というトントン拍子のシンデレラストーリーを歩んできており、批評家筋の評価が非常に高い。それもそのはず、今作が1950年代、SF映画の黎明期の作品からのオマージュを詰め込んだ、オタク要素満載の作品になっているからだ。どこか懐かしく、そして斬新な、SF映画の素晴らしき回顧録がここにはあった。

〜あらすじ〜

1958年11月のある夜。ニューメキシコ州のカユーガという街は、これから行われる高校のバスケの試合の話題で持ちきりになっていた。試合が行われる体育館に呼び出されたラジオ局のDJエベレットは、会場をブラブラしながら結局、電話交換手の高校生フェイと共にその場をあとにした。
フェイは新しい録音機材を購入したばかり。とにかく機材を試したくて仕方のないフェイは、エベレットと共にそこらの人々にインタビューしながら帰路に着いた。
エベレットはそのままラジオ局へ。フェイは電話交換手の作業のため、電話機のある小屋へと向かった。そしてその夜もラジオ番組がスタート。エベレットは軽快にMCし、フェイが電話を繋いでいく。しかし、その夜はそれらの電話の中に奇妙な音だけを録音したものが混じり込んでいた。それは不可思議な音で謎めいていて、エベレットの興味を大いに引くことになり・・。

〜見どころと感想〜

この映画はSF映画であり、非常に謎めいている。そんな不可思議な雰囲気を可能にしているのが、この監督の映像作家としてのセンスであると思う。長回しを多用し、遠隔に撮ったり、イニャリトゥのように追尾したりと視点を意識させたカメラワーク。そして、それらがもたらす長い会話劇でもたせる映像の滑らせ方の旨さも際立つ。ラジオ曲のシーンでは回想シーンなどは挟まず、暗幕を落とすことで想像力を掻き立てる。それらは全て低予算ならではのアイディアなのかもしれないが、それが味のある方向へと舵を切っているのが今作の肝でもあった。

主演のフェイ役は子役時代からディズニーチャンネルのドラマ作品などに出演してきたシエラ・マコーミック。非常に演技力が高く、彼女の必死のランニングと同時にストーリーも切迫感を増している。エベレット役のジェイク・ホロウィッツも舞台俳優でならした演技で没入感たっぷりに演じている。

そして次に今作のテーマでもある古きSF映画へのオマージュだ。スピルバーグの『未知との遭遇』よりも更に古く、その元ネタは1950年代にまで遡る。特に顕著なのが冒頭のブラウン管にオマージュを捧げたSFテレビ番組『トワイライト・ゾーン』。これは正に元ネタそのままに引用されており、監督のオタク臭が全開になっていることを示唆させる。

ロズウェル事件など、当時のアメリカのSF事情を読み解くキーが散りばめられ、ミニマルでありながら、ラストの謎へとジリジリと肉薄していく展開は静かなる興奮をもたらしてくれるはず。果たして彼女たちは皆が見上げる空に何を見たのか?その答えはブラウン管の中にひっそりと沈められている。

〜あとがき〜

低予算をセンスで突破する技術とアイディアが詰め込まれた、今後が楽しみな逸材アンドリュー・パターソン。アマプラのプッシュも納得の映画作家としてのオタク臭と拘りは相当なものでしたね。冒頭の二人の語りのシーンもあの長さで退屈させることもなく、本当に1950年代のSFテレビドラマのような質感を再現しています。

当時の機材などを駆使したセットも異様に作り込まれていて、美術さんの仕事も見事。オマージュを映像化するためのセンスと拘りを宿した、この監督の今後に大いに注目していきたいと思いますね。
カツマ

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