カトキチ

エルのカトキチのレビュー・感想・評価

エル(1952年製作の映画)
5.0
超大金持ちである主人公が教会で出会った女に一目惚れし結婚するも、異常な嫉妬心と妄想癖により、精神を蝕んでいくという話。

DVDに付いて来た解説書を読むと、『エル』はパラノイアな男を観察した映画であるらしい。パラノイアについて調べてみたら、なんと主人公の行動と一致したので、ホントに気が狂った人を忠実に映像化した作品なんだなぁと観終わってからも底冷えするような恐怖感が抜けなかった。

パラノイアとは精神病の一種で、しかも、強い妄想を抱いているという点以外では基本的に普通の人と変わらない。故に『エル』はいつその狂気が爆発するか分からないという怖さが常につきまとう。

さらにそれだけじゃなく『エル』は映画的な魅力に満ちた作品でもある。流麗なカメラワーク、ダイナミックな撮影、隅から隅まで完璧に構築された画面、セリフを削りに削って役者の表情だけで見せ切る演出などとにかく見事。クライマックスでは映画にしか出来ない方法でパラノイアの末期症状を表現しており、ジグザグに歩くだけで観る者の背筋を凍らせるなど、派手さは無いが見所はかなり多い。

しかも『エル』が恐ろしいのは「こういう要素はオレにも少なからずあるかもしれない」と思わせるところだ。実際、病的な嫉妬心を持つ人というのは恋愛において、一定数いるタイプだと思うし、それに取り憑かれて、妄想を際限なくするというのは、パラノイアとは関係なくやることだったりもする。だから『エル』を観ると、主人公の気持ちが結構分かるので、それを恐れる奥さんを見てると胸が痛くなってしまうのだ……

ライムスター宇多丸はこの作品をオールタイムベストとし「恐ろしいコメディ」と評してるが、ぼくはまったく笑えなかった。むしろアメリカ人における『バンビ』と一緒で、ジャンルとしてはホラーではないが、ぼくのホラー映画ランキングには確実に入ってくる大傑作。それくらい怖いので観るときはかなり覚悟することをおすすめしたい。
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