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DAU. 退行のDickのネタバレレビュー・内容・結末

DAU. 退行(2020年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

●作品概要(出典:公式サイト)
①第70回ベルリン映画祭(2020)で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した映画第一弾『DAU.ナターシャ(2020)』(139分)は、本年2月にシアター・イメージフォーラム他で世界初となる劇場公開を果たし、ヒットを記録した。そしてこの度、第一弾で描かれた、ソ連全体主義社会のその後の世界を描く、「DAU」プロジェクトの劇場映画第二弾、『DAU. 退行(2020)』(369分)が世界初の劇場公開となる。
②ロシアの奇才イリヤ・フルジャノフスキーは処女作が各国の映画祭で絶賛を浴びると、「史上最も狂った映画撮影」と呼ばれた「DAU」プロジェクトに着手。それは、いまや忘れられつつある「ソヴィエト連邦」の記憶を呼び起こすために、「ソ連全体主義」の社会を完全に再現するという前代未聞の試みだった。ウクライナの大都市で、かつてはソ連の重要な知性・創造性の中心地でもあったハリコフに欧州史上最大の1万2千平米もの秘密研究所のセットを作り、実にオーディション人数約40万人、衣装4万着、主要キャスト400人、エキストラ1万人、撮影期間40ヶ月、撮影ピリオドごとに異なる時間軸、35mmフィルム撮影のフッテージ700時間という莫大な費用と15年以上もの歳月をかけて「DAU.」の世界が作り上げられた。
③第二弾となる本作は、第一弾が描き出したスターリン体制下の1952年から10年以上が経過した1966年~1968年が舞台となる。この時代はキューバ危機の後、フルシチョフ時代を経て、スターリンが築き上げた強固な全体主義社会の理想は崩れはじめ、人々は西欧文化にも親しむようになっている。前作ではカフェのウェイトレスであるナターシャの視点で閉鎖的かつ断片的に描かれた秘密研究所だが、本作では一転、カメラは研究所内部に入り込み、様々な人々の複雑な人間模様や共産主義社会の建造物をよりダイナミックに映し出す。
④本作は実に6時間9分にも及ぶ大長編であり、イタリアの詩人・政治家ダンテによる長編叙事詩「神曲」の「地獄篇」で描かれた9つの地獄の層にちなんだ9章で構成されている。本作で共同監督を務めたイリヤ・ペルミャコフ監督は、「国家が社会的に荒廃していく状況が迫ったときに、どのように気づき、対処するかを、映画という媒体を通して学ぶことはとても重要だと思います。」と語っている。
⑤この超大作を観れば、第一弾をパズルの1ピースとする、「DAU.」の広大な一枚絵が見えてくる。本作は、コロナ禍によって正当な評価を下されることがなく、本国ロシアでは上映禁止となったいわくつきの作品である。
⑥ファシズム、優生学、性搾取、差別……人間の暗部を余すことなく抉り出し、現代社会への警鐘を鳴らす本作は、映画史の闇に埋もれてしまう前に評価されるべき傑作である。

❶はじめに
①本作の時代は、前作の1952年から10年以上が経過した1966年~1968年。舞台は、前作と同じソ連の某地にある秘密研究所。
②本シリーズのタイトルになっている「DAU.」は、秘密研究所の創設者で、1962年にノーベル物理学賞を受賞した実在のソ連の物理学者、レフ・ランダウ(Lev Davidovich Landau/1908-1968)の略称が「DAU(ダウ)」だったことから取られている。
③第一弾ではダウは何処にも登場しないが、本作で初登場するダウは、年老いて車椅子と介護が必要な晩年(58歳~)で、妻と息子の3人家族が研究所内の宿舎に同居している。そして最後は1968年に、KGBから派遣された所長の指示により、研究員や従業員の家族を含む全員が皆殺しにされてしまうのである。
★実際のダウは、1962年1月に交通事故で重傷を負い、2ヶ月間昏睡状態となり、奇跡的に一命を取りとめたものの、科学的創造性は失われ、12月のノーベル賞受賞式に出席出来なかったばかりか、介護が必要な車椅子生活となり、以降科学の研究に戻ることはなかった(Wikipedia)。
★本作で描かれたような、ダウが殺害されたという情報は、どのNET情報にも見当たらない。でも、当時の体制下では、ないとは言えない。隠蔽された可能性がある。
★本作は、本国ロシアでは上映禁止となったそうだが、さもありなんと思う。
④本作は6時間9分の大長編で、ダンテの「神曲・地獄篇」で描かれた9つの地獄の層にちなんだ9章で構成されている(公式サイト)。
★ダンテの「神曲」は、「地獄篇」、「煉獄篇」、「天国篇」の3部から構成されており、それぞれが三行韻詩(又は三韻句法)で、かつ33歌(「地獄編」のみイントロダクションを加えて34歌)という「3」にこだわった作品。 これは、キリスト教の教義の「三位一体」という考え方に基づいている(Wikipedia)。

❷相性:中。
★よく考えると、メッセージ性のある奥深い内容であり、要旨には賛成するが、あまりにも冗長すぎる。特に前半が。
★後半だけに限定すれば、満点に値する出来栄えである。

❸本作のあらすじ要旨(出典:公式サイト、Cinemarche、Wikipedia)
①冒頭で、ラビが「共産主義は宗教である」と言う。
②ソ連のとある秘密研究所では、年老いた天才科学者レフ・ランダウ(ダウ)のもとで、科学者たちが「超人」を作る奇妙な実験を行っている。
③そこでは、スターリンが築き上げた全体主義社会の理想が崩れ、かつては徹底的に管理されていた人々の風紀が乱れ、腐敗が進んでいた。
④上層部は腐敗を正すために、KGBのアジッポを新所長として派遣する。
⑤アジッポは、全体主義社会の理想が崩rれた原因を知り、未来を予測するため、数理物理学に長じたカレージン(前所長)に命じてシミュレーションを行わせる。
★この結果が凄いのに驚嘆した。50年後の今日にも及ぶ内容で、詳しいことは記憶していないが、現在にも通じる斬新なものである。
ⓐ知識が自由化され、情報の共有化が進むほど、国家は成長する。
ⓑその為には、秘密主義を止めることが必要である。
ⓒ自由化には反動がある。その分岐点を「オメガ点」と呼ぶ。それは2016年又は2026年辺りだろう。
⑥これと並行して、凄まじい乱痴気騒ぎが、執拗に描かれる。
⑦アジッポは騒いでいた長髪の若者たちを坊主頭にして退去させる等、風紀を正し、代わりに「超人」実験の被験者となるマキシムを筆頭にした5人の屈強な若者を呼び寄せる。
⑧自分たちを優生人種と思っているマキシムたちは、酒を飲まず、トレーニングに励み、飲酒、ダンス、音楽、伝統芸術等は悪だと決めつけ、堕落した人間は子孫を残すべきでないと考えている。「国から命じられたなら、人殺しも厭わない」と言う自称「愛国者」である。そして、逆らうものには制裁を加え始める。
★国家権力を後ろ盾にした、狂信的暴力による支配が始まったのだ。かつてのナチスが思い浮かぶ。
⑨マキシムたちは、自分たちの権力を誇示するため、皆がくつろぐ室内で、生きた豚を斧で殺して、解体する。女性たちは悲鳴を上げて目を塞ぐ。
★見た目には、本作で一番恐ろしいシーンである。
★でも、屠殺場では、同様のことが遥かに大規模で行われていることを考えると、単純に批判することは出来ない。
★そして、熟考すると、ラストで多数の著名な科学者が、この世から抹殺されてしまうことの方が、もっと恐ろしい。
⑩ある日、アジッポはマキシムたちを集めて、言い渡す。
「手を尽くしたが、ここはもう救いようがない。この研究所に関わるものは全て消し去らねばならない。周りに知られるとまずいので、火事にしてはならない。」
そして、大殺伐が始まるのである。研究員と従業員のみならず、その家族も含め、全員が皆殺しにされてしまうのだ。その中には、研究所の創設者でノーベル賞受賞者であるダウを筆頭に、レーニン賞やスターリン賞を受賞した高名な学者たちが何人を含まれていた。
★「映画一巻の終わりでございます。お楽しみ様でした。」と書きたいところだが、衝撃的な内容に、しばらく席を立てなかった。「お楽しみ様でした。」は適切な表現ではない。

❹考察とまとめ
①「虚構」を「現実」と思わせるのが「映画芸術」の世界である。
②映画では、「製作費(インプット)」と「出来栄え(アウトプット)」とが、正比例関係にない。莫大な費用を投入した作品が傑作になるとは限らない。名監督が1億円で作った傑作と同等のものを、他の監督が10億円かけても作り上げることは出来ない。プロセスとして介在する監督や俳優の資質に左右される要素が大きいためである。
③本作は、上記「作品概要」の②に示した通り、「現実を再現するために、欧州史上最大のセットを作り、何10万人ものオーディション人数、数万着の衣装、主要キャスト400人、エキストラ1万人、撮影期間40ヶ月、等々莫大な費用と15年以上もの歳月をかけて作り上げられた。更には紙幣も新聞も忠実に当時のものにすることで、全体主義を再現しようとした壮大なプロジェクトである。気の遠くなるような凄いことだ。
④でも、画面からはそんな凄いことが読み取れない。別に解説を読まないと分からないのだ。大変残念なことである。莫大なインプットを投じて得られたアウトプットが、作り手の狙いを満たした傑作になっているとは、とても思えないのだ。
⑤本作よりも遥かに少ないインプットで、遥かに大きいアウトプットを出すことは不可能ではないと思う。我が日本はもとより、世界には、それを実現する監督が大勢いると思う。
⑥「現実」を描く手段は、「再現」するだけではない。換言すると、忠実に再現しても、忠実に現実を描くことが出来るとは限らないのだ。
⑦公式サイトで、「ダンテの神曲・地獄篇で描かれた9つの地獄の層にちなんだ9章で構成されている」とある通り、本作の章は、画面に1から9の数字で表示されている。
⑧上映時間6時間強の半分は乱痴気騒ぎで占められていて、それ等は、肉欲、性欲、大食、堕落、偽善等であるので、地獄の要素と言えなくはないが、「ダンテの神曲・地獄篇」と、どのように関係しているのかは、よく分からない。
⑨冒頭で、ラビが「共産主義は宗教である」と言ったが、共産主義は宗教を否定している。マルクスは、「宗教」を「民衆のアヘン」と批判したが、その意味は「人間が宗教を作るのであって、宗教が人間を作るのではない」ということである。
⑩本作では、宗教を否定した共産主義が、いつの間にか宗教化して、破綻への道を突き進んでいく過程が描かれている。
★実に恐ろしい過程であるが、歴史を見れば、強大な権力を手中にした独裁者たちに共通していることが分かる。
⑪ブレジネフ時代に、腐敗分子を粛清し、体制維持を図ったソ連は、23年後の1991年に崩壊した。カレージンが予測した2016年には遥かに及ばなかったのである。
⑫そして、今、プーチン時代のロシアは、独裁体制が強まり、民主化の兆しは見えない。本作を公開禁止にしていることからも明らかなように、「不都合な真実」を隠蔽する体質は変わっていない。いや、むしろ、50年前よりも悪化しているように思われる。歴史は繰り返しているのである。

❺トリビア:名古屋で公開された大長編映画トップ10
①『デカローグ(1988ポーランド・西独)』 577分。1996.01日本公開。リアルタイム鑑賞。前売り\6,000。当日¥10,000。リバイバル2021.04(デジタル・リマスター版)。リバイバル鑑賞。通し前売\6,400。
②『SHOAH ショア(1985仏) (Doc)』 570分。1997.07日本公開。未鑑賞
③『鉄西区(2003中国)(Doc)』 545分。2004.04公開。2020.12.30アンコール公開。アンコール鑑賞。\3,600
④『死霊魂(2018仏・瑞西)(Doc)/』 506分。2020.08日本公開。リアルタイム鑑賞。
⑤『サタンタンゴ(1994ハンガリー・独・瑞西)』 438分。2019.09日本初公開。リアルタイム鑑賞。\3,600
⑥『ジョルダーニ家の人々(2010伊・仏)』 399分。2012.07日本公開。リアルタイム鑑賞。 \2,000
⑦『DAU. 退行(2020/独・ウクライナ・英・露)』 369分。本作。\3,600
⑧『輝ける青春(2003伊)』 366分。2005.07日本公開。リアルタイム鑑賞。当日\3,500前売\2,800
⑨『1900年(1976伊・仏・西独)』 316分。1982.10日本公開。リアルタイム鑑賞。
⑩『ファニーとアレクサンデル(1982瑞典・仏・西独)』 311分。1985.07日本公開。リアルタイム鑑賞。
⑪次点:『ヘヴンズストーリー(2010日)』 278分。2010.10日本公開。リアルタイム鑑賞。\2,500。
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