ネノメタル

辻占恋慕のネノメタルのレビュー・感想・評価

辻占恋慕(2020年製作の映画)
5.0
1. フォークだけどパンクな作品
話の内容は、ある売れない女性SSWが主人公。今時流行らないフォークサウンドを主体として、物販でもカセットテープでしか販売せず、チェキ販売や3枚買ってサイン付きなどのような音楽業界にありがちな販売形態に強い拒否反応を示すシンガー「月見ゆべし」とその同棲相手であり、元バンドマンでありマネージャーを中心とした恋愛要素は極力抑えた人間ドラマといった所。
そして誰もがポスターのビジュアルイメージや予告編の印象から察するように「拘りを捨て切れずに世間と折り合いのつかぬSSWを題材にした人気の今泉力哉監督の『街の上で』などに相通ずる下北沢を徘徊するライト映画ファンなカップルや、ベレー帽かぶって当然丸眼鏡の自称映画マニアをも唸らせるお洒落なサブカル映画」である。

.....あの〜訂正いたします。ウソです(笑)
そんな甘っちょろいものではございません!!!!

ここまで書いといてなんですがほぼ以下3つの点でビジュアルイメージとは大幅に異なるのだ。


詳しくは確かに上記の通り、
①終始穏やかなトーンが下地になっているんだけど、詳細は敢えて言わぬが、途中序盤から中盤ぐらいで物凄い展開がきて驚愕するシーンが極めて痛快だってのがあるのだ。

②そして中盤から後半ぐらいだろうか更にすごいのがきてこりゃゲラゲラ笑うしかねえな只事じゃねえ展開がドーンと来るのだ。

③そしてこれが最もインパクトあるラストシーン、もうこれがとある人物から放たれる行動や一つ一つのセリフやカメラ割だなんだが脳みそ掻き乱されるぐらいぶち壊されまくってアイデンティティを丸ごとブチのめされるほどの事態になる程の今までの展開は何だったんだこりゃ??!!ってくらい驚愕のエンディングを目の当たりにするのだ。

①〜③から分かる通り、ハッキリ言ってこれがもうめちゃくちゃパンクな作品なのだ、まぁ流れてくる音楽は尽く直球勝負にフォークなんだけどパンクって矛盾しまくってるけど、これは実際に観なければわからない境地である。


2. ライブハウスのリアリティ
私は今現在ここ数年で割と月に数回はライブハウスに足繁く通っているタイプのライブオタ・タイプの人間だからこそわかるが、本作を観ててここで描かれているライブハウスの様子にはもはや「既視感」しかないのに驚く。
舞台挨拶でも言ってたけど監督さん相当調査&研究してるよね。
 ここを具体的に自分の経験談も交え紹介すると、まさに本編に出てくるような、曲の始まる前に長々と人生論なんだか歌詞の一部なのか曲だか見分けのつかぬものを唱えて数分ぐらいしてやっと曲に入る叙情フォーク系シンガーや、やたらLIVE中に客に手をこっちに振れだの揺らせだのアイドル系のリアクションを要求する、ルックスと愛嬌だけは良いキラキラ系女子SSW、あとこれみよがしにマーチンの底の厚いブーツ履いて顔色悪そうなメイクしてる自称メンヘラ系女ボーカルバンド、そして、そして、フロアの中心を占めるのは見た感じ、到底音楽好きとは思えない(失礼)どこかゴルフかパチンコの帰りにふと寄ってきた風情の恐らく演者(主に上記のキラキラ系女子SSW目当て)の「娘」どころか「孫」に当たるんじゃないかってくらいのオーディエンスたち。
 もうこれが私の記憶の一部をこの監督さんが持っていって切り取ったんじゃないかってくらいまざまざとリアルな光景がそこにあったのだ!!ほんと物販のあのチェキの売り方とか、サイン時に「俺のこと認知してる?」とか言ってくる客の感じとか先週行った名古屋でのライブそのまんまじゃねえかよ(笑)
まぁかくいう私も本編で出てくる基本的に全身黒づくめで、物販でやれサインに日付やアカウント名書いてくれだの要求したり、ライブ終演直後にSNSではカタルシスだ気迫の歌声だツイート連発するまさに本編で出てくる典型的なSSWオタ・音楽フリーク要素を具現化したような私なのだが(注;あ、でもSSWやライブパフォーマンスへの理不尽なダメ出しなどの類はしたことありませんし、チェキでハートマーク作ったりはしません笑)、でもだからこそ強く思うが早織氏演じる「月見ゆべし」のリアリティには稲妻が頭に落ちるレベルでうち震えたのだ。
(偶然にして彼女が憧れてるという)沖縄出身の押しも押されもせぬロックアーティストであるCoccoの持つナイーブさと真の強さを併せ持つ感じをベースにしている印象を受けたし、あとパッと見からそう思ったけどどこかゆべしさんのルックス的に植田真梨恵のような少年のような凛とした強さとアンニュイさを併せ持つ感じであったりとか、あとは喋り方などから昭和歌謡とガレージロックを融合させたキノコホテルのリーダー(支配人)マリアンヌ東雲のプライドの高さだとか気品も併せ持ってたりして。
 あと曲調は本編では「山崎ハコを湯掻いたような」という極めて絶妙な比喩が用いられたが、個人的には「アパート」だの「絶望ごっこ」だの歌ってた初期のインディーズデビュー当時のハルカトミユキなども彷彿とさせたり、あと自己表現を守る上での音楽性に対する確固としたアティテュードは鈴木実貴子ズが近いのかなとも思ったり....と、今まで私が見てきたSSW要素を全部そこに総合化した印象を受けたものだ。
 ちなみに神戸元町映画館での舞台挨拶で聞いて驚愕したのだが、早織さんがギターを始めたのが「この話をいただいてから」だったというのに驚いた。2017〜2018ぐらいから数年でギターを弾け、更に私が観てきたSSWのプロトタイプのような雰囲気を纏えるようになってって事か!

これをひとえに女優魂というのか、それにしても凄すぎる。

3. オルタナティブ・パンク映画
で、これは2度観て気づいたのだが、別にSSWや音楽ライブが好きだからという理由だけで本作にハマった訳ではないのだという事。
 映画の枠組みを超えて、スクリーンをブチ抜いてくるその瞬間に震えるのだ。
撮影を止めなかったからこそ映画のプロトタイプを超えた奇跡を成し遂げた『カメラを止めるな!』や逆に撮影を止めたからこそあそこまでのドラマティックな展開と感動をもたらした『サマーフィルムにのって』が、そして芸術(アート)というアイデンティティを守るためにむしろ何もかもぶち壊しにかかったのん監督『RIBBON』がそうだったように...
 これらの映画には全て「怒り」や「苦悩」が下地になっていると思うし、本作含め上記の作品はこれらのシーンありきというよりもはなっからそれを目掛けて、我々鑑賞者にシュートしようとしたのだと思う。

【このシーンを伝えたい事がある作品】って意外と出くわすことがなくて数が限られたりする。
だからこそ我々はそういう映画がもたらす奇跡に驚愕し、やがて共感するのだと思う。
言うなれば、90年代にBECKやNirvanaといった海外のバンドやアーティストのアティテュードがこの令和の日本の映画というフィールドにて具現化される事に驚きと期待と喜びを隠せない。

という訳で、以後本作を『オルタナティブパンキッシュフォーク映画』と呼称したい。まぁ主題歌など全てフォークなんだけど(笑)

【付記】
ちなみに音楽との関連で昨日つくづく思ったけどMOGWAIというグラスゴー出身のバンドの『Come on Die Young』辺りの初期のサウンドを思い出した。
 最初に言った通り、物語自体は終始穏やかなトーンで曲を進めていくんだけど、時折思い出したかのように物凄い地響きのような轟音&爆音サウンドに進化してまた戻る感じが本作にはある。
あ、あとSonic Youthが1999年あたりにリリースした『NYC Ghosts&Flowers』タイトル曲だとかアイスランドを代表するオルタナティブバンドであるsigur rosが2002年辺りにリリースした『()』というアルバムのラスト曲を思い出したりして。
とにかく一つの映画を観て過去のスタンダード映画よりもオルタナティブロックの傑作を彷彿するってのは別に不思議な事ではなくそういう映画なんだからだと思う。そもそも【映画鑑賞】というより一つの音楽作品をようなグルーヴを感じる。
そもそも映画だの音楽だのエンタメをジャンル分けする事自体がおかしいのかもしれません。
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