僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46の作品情報・感想・評価 - 83ページ目

上映館(14館)

「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」に投稿された感想・評価

miwant

miwantの感想・評価

4.6
アドリブの行動や舞台の表と裏でのオンとオフの切り替えetc

改めて感じた天才・平手友梨奈。

しかし、裏では普通の女の子なんだなと感じた。
平手には驚かされる。

また色んなてちを見てみたい。

今までありがとう。
tandard

tandardの感想・評価

4.5
アイドルグループ欅坂46の絶対的なセンターを取り巻くドラマ。

当事者には不謹慎ながら、ドキュメンタリーとしてとても面白かった。
多分ドキュメンタリーは上手く行っている人達よりも、上手くいっていない方が面白くなるもんだと思う。
AKB48の話題になったドキュメンタリーを撮った監督によるもので、流石の出来。

主題を当然のようにセンターである平手友梨奈に設定している点は覚悟を感じるし、メンバーのインタビューで、「私達はバックダンサーなんじゃないか」という発言を残しているのも誠実だと感じた。

映画の始まりにメンバーの名前を50音順に並べる際に、既に辞めているメンバーを区別することなく並べているのも映画としての誠実さを感じた。

曲の見せ方もエモーションを生むように構成されていて非常に上手い。

細かい点だけど、他のアイドルのドキュメンタリーでは一部にモザイクがかかるシーンがある印象だけど、この映画では使われていない(と思う)。
モザイクが入ると観客に余計な想像を働かせるノイズになるのではないかと思う。

それにしても平手という人がどうしてこのような結末を迎えたのか、という主題は非常に興味深く(人に持論を展開したくなる)、だからこの映画はその理由が理解できるのではないか、という期待をもたせることで最期まで持続する。

個人的には、映画に出てくる振付師のTAKAHIRO氏の泣いているメンバーとの向き合う方法は、優しそうに見えて、強く指導するよりもなお人を追い込むやり方に見えてしまった。
だからこそ、監督があの質問のシーンを入れたのではないかと憶測してしまった。(あの回答は、意味がよくわからないし、無責任にも感じた)

人格形成が完了していない子供の段階で、自分でスイッチのオンオフが出来なくなる状態まで追い込むことについての責任は誰が負うのだろうか。
yudai

yudaiの感想・評価

3.5
モーニング娘。にもPerfumeにもAKB48にもももいろクローバーにもハマらなかったが、欅坂46は正直別格に好きだった。握手会やライブには結局行かなかったけど、CDを何パターンも買ったり映像作品もすべて買い揃えたアイドルは初めてだったので、非常に思い入れが強い。何が魅力かと言われると、目を離していたらあっという間に消えて無くなってしまうんじゃないかと思うぐらい不安定で、およそアイドルという立場では歌うはずもない孤独や集団心理への抵抗をテーマにした曲を歌っていた所と、本映画でも主題となるグループの中心人物で、不動のセンター平手友梨奈の存在感だと思う。
正直、何が嘘で何が真実かなんて、この映画をみたところで、たとえグループのメンバーであっても、スタッフであっても、誰にもわからないんじゃないだろうか。結局は平手なくしてグループは成立しないことが欅坂の最大の魅力であり、同時に問題だったのだと思う。

楽曲で歌われている孤独や抵抗をそのまま表す形で終止符が打たれることはある意味、少なくともメンバーのスタンスには嘘や偽りの無いグループであったことを逆説的に証明してしまっており非常に皮肉である。
そこまでを計算して作り込んでいたのか、テーマを与えたあとは、メンバーの行動に一任していたのか、秋元康や今野義雄の腹の内にこそ本当の嘘と真実があるのだろうか。

いずれにしても、欅坂の活動は終わってしまうので、最後のメモリアル的な記録として見応えはある。劇場の迫力ある音響でライブ映像をみて、それにリンクした舞台裏をみることができるのは非常に良い構成だったし、2時間半という長さも意外と気にならない。
ただ、長濱ねる、今泉佑唯には少し言及されたが、その他の卒業していったメンバーには言及が無いというのが大変寂しかった。

改名後のグループを同じようにチェックしていけるかは、現時点ではわからない。

卒業脱退したメンバーには、気負いすぎず好きな仕事や表現を自由に続けてほしいなと思った。
Leon

Leonの感想・評価

4.4
僕たちの嘘と真実

◼︎概要
イレギュラーにイレギュラーを重ねたアイドルグループのドキュメンタリー。この例外は平手友理奈の存在と『サイレントマジョリティー』のデビューシングルからの爆発的ブレイクを指す。タイトルの表す嘘は"欅坂46"、真実は"平手友理奈"である。欅坂46=平手友理奈が世間の認識である。グループとしての意味を為しておらず、辛辣ではあるが他メンバーはバンクダンサーの印象が強い。

転機は2017年の大晦日。平手友理奈は欅坂から離れようとしたが、殆どのメンバーは阻止した。エースのいないことによる世間的評価、センターの代理、重圧がチラつく。デビューシングルの大ヒットが追い討ちをかけているのだ。まだ、この時点なら軌道修正はできただろう。一部のメンバーの中では「欅坂46」を作ろうとした者もいただろう。それは咎められたのかもしれない。インタビューでは仲は良いが、意見を発しないメンバーが多い様に思えた。この事より一列には手を繋いではいるが、出る杭は打たれたのであろう。

みな、平手友理奈に依存していたのだ。メンバー、運営、ファン、世間。判別もできない子供が周りのメンバーや運営に引き止められたら、当然留まるだろう。大人としての責任を今一度考えるべきだろう。

◼︎もう一つの嘘と真実
今作の面白い点はインタビューに答えるメンバーが建前の可能性があることである。仕事やライブが平手友理奈の有無で左右されるし、グループの方針は異質なものである。綺麗な回答だけ出てくるが、嫉妬や憎悪、保身なども少なからず存在したであろう。彼女たちはまだメンバーであり、イメージの観点からも発言に制限がある。いつか、本音が聞ける日が来るといいですね。

◼︎雑感
・全体的に暗いテイスト進むが、デビュー1年目の楽しんでいる尺をさらに取ってほしかった。落差があるほど物語は面白くなる。
・『不協和音』や『黒い羊』などはアーティスト・平手友理奈の曲の印象が強くなった。『風に吹かれても』や『10月のプールに飛び込んだ』など集団なら映える曲もありましたね。
・映画公開が延期になったことで新規映像も入り、欅坂46の終焉が垣間見れたのは作品に締まりがつきました。

◼︎これから
平手友理奈から脱却するため改名するのは賢明だと思います。ですが、平手友理奈や事務所に依存してきたことでマリオネットになっているメンバーは少なからず存在するでしょう。そんな彼女たちの未来は想像以上に茨の道だと思いますが、頑張ってほしいものです。
評論男

評論男の感想・評価

3.0
平手友梨奈さん
ガラスを割れ
この歌の後に
ステージ上から
転落するのに
ビックリしました
名前を改名したら
欅坂時代の歌は
封印するのでしょうか

以上
評論男でした
YH

YHの感想・評価

3.0
結局なにが言いたかったのか。
演出意図はなんだったのか全くわからない。
「グループが」平手という一人のメンバーから卒業するって宣言したかった?
それとも「結局私たちは負けてしまいました」という敗北宣言?
始終運営がやっているのは所詮児童虐待であって、その一番の戦犯は秋元とタカヒロだったって線引きがしたかったのかな?

別にアイドルのドキュメンタリーが必ず感動を与えないといけないって法則はないけれど…
大人たちは最後まで卑怯だったってことね。

平手を加害者であり被害者にしたのも、ほかのメンバーたちを同じく加害者であり被害者にしたのも結局はその卑怯ない「大人たち」だから。「ファン」たちも共犯だし。

何より思ったのは早くメンバーたちを病院でもいいし、心理相談でもいいので連れて行って欲しいってこと。

運営が改心しない限りグループ名を変えたってまた壊れるメンバーが増えるだけ。
長い間彼女たちを見てきたし、その分知っているつもりだった。けれどそれは知っているつもりなだけで、自分はこの子たちのことはなにも知らなかった。

欅坂はパフォーマンスが魅力的でライブが1番輝いていることには変わりはないし、それはこれからも変わるとこはないと思う。

この作品は見る人を選ぶ。そして見る人によっても、好きになったタイミングによって感じ方が変わってくる。ただ一度でも欅坂46を好きになった人には見て欲しい。この少女たちの努力を見て欲しい。
ほとり

ほとりの感想・評価

4.8
約二時間にわたる壮絶な事故現場の連続を目撃してエキサイトできるわけもなく、ただただ落ち込んでしまった。"アイドル"という文化が狂っているということに対する高橋栄樹監督の指摘と啓発。こんなにも「オタクがメンバーを殺す」瞬間が明確に描かれているアイドルドキュメンタリーを私は他に知らない。東京ドーム公演のアンコール、大声を上げる観客が手に持つ緑のサイリウムが、短剣のように見えた。アイドル↔オタクという構造における、命を落としかねない程の重大な欠陥が露呈した瞬間。戦争ドキュメンタリーとして大傑作。
鰻重

鰻重の感想・評価

4.2

このレビューはネタバレを含みます

2020/09/04,09/07劇場にて。


推測で何かを語ることの無意味さ、無責任さについては重々承知していますが、いちファンとして活動を追ってきた自分の感情と思い出の整理のためだけに記録します。

私は平手さんファンですが、欅坂というチームそのものが好きだったので誰をも糾弾する意図はありません。

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私が小学生の頃、モーニング娘。が一世を風靡していた。当時流行りもののひとつとして触れて以降、私は「アイドル」に興味を持ったことがなかった。

新卒で入った会社で毎日終電近くまで働きながら、職場と家の往復を繰り返すだけの毎日に、ふと、欅坂があらわれた。
流し見ていたYouTubeで偶然オススメされたのか、友人がSNSでリンクを貼ったのか、きっかけは覚えていない。
けれどみるみるうちに彼女たちのことを知りたくなって、インターネットを漁った。
その年のクリスマス、初めて仕事を定時で放り出し、有明コロシアムで行われたワンマンライブの中継を見た。一曲目のラスト、センターの平手が会場を一瞥する。

『有明コロシアム、かかってこい』

9000人の観客を相手に、真正面から啖呵を切った彼女に一瞬で心を奪われてしまった。

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鑑賞後すぐに思い出せたこと。
嫌だ、無理だとうわごとのように繰り返す姿。複数のスタッフに人形のように抱えられて、ステージに送られる姿。そしてたった一人舞台の上で、別人のように踊る姿。

「欅坂」のドキュメンタリーとして、本作が適当なのかはわからない。「平手友梨奈」のドキュメンタリーとも違うし、一体何の「嘘と真実」を描き出したのか。
けれどこの線引きのできない状態が、平手友梨奈と欅坂の関係性をそのまま表しているようにも思える。

メンバーへのインタビューを通して感じるのは、一番近くにいた彼女たちが、思っているよりずっと平手を特別視していたこと。
「平手の考えていることがわからない」と複数のメンバーが語っていた。わからない、の先にどんな対話があったのか。尊重の中にあるのは、優しさだけだったのか。

今作で彼女たちを知ったように書くのは一番避けたいことではあるが、どうしてもある種の諦めと畏怖の念に心配や優しさのヴェールを何重にもかけて、お互いが直接触れ合って傷付かないよう慎重に「欅坂」の箱に納まっているようなイメージが浮かんだ。
それはメンバーひとりひとりが繊細で怖がりで、傷付いた途端粉々に壊れてしまうことを悟っていたからかもしれない。
(弱さや臆病さを自覚しているからこそ、歌詞に背中を押される感覚が理解できて、生真面目に曲を届けようともがくことができたのだと思う。)

ヴェールの下に隠され続けた気持ちが、どこかで露わになったのか知る術はない。しかしこの気持ちは2018年紅白歌合戦のあとの、平手の告白に繋がっていたのではないのだろうか。

『みんなは今、欅坂をやってて楽しいですか?』

告白の中で小さく呟かれた問いの意図はもちろん、答えも明かされない。
平手もまた、みんなの考えていることがわからない。
不器用に身を投げ出して始めた対話は、彼女たちに衝撃以外の何を伝えたのか。


作中にはもう一つ、答えの明かされない問いがある。
振付を担当するTAKAHIROが、「欅坂は背負い人」だと語る。除け者にされて石を投げられて、みんなの苦しくて辛い部分を背負ってそれでも前を向く姿勢を見せているんだ、と。
答えに半ば被るように、監督が「大人の責任とは?」と問いかける。
「見続けること」と答えるTAKAHIRO。考えを整理するようにゆっくり話しながら、最後に問いを返す。

『どう思いますか?』

答えは明かされず、問いだけが示される。
監督はどう思っただろう。『大人』とは一体誰だろう。意図せず「背負い人」に指名された少女たちの苦しさと辛さは、もうできないと言った時、一体誰が背負うのだろう。


同じく作中でキーとなるのが、『センター』の存在である。
2017年のアルバムツアー名古屋初日、センター平手が急遽不参加に。
空いたポジションを埋めるため、代理センターが提案されるがメンバーの反応は芳しくない。マネージャーが発破をかけるも空気は重く、ポジションも空いたまま。
翌日からは代理センターでリハーサルを行うが、すぐに受け入れられるものではなかった。

その後の2018年1月、武道館公演は平手欠席のため公演そのものがひらがなけやきに振替となった。

それから半年後の2018年夏のアリーナツアー最終日、平手がステージから落下。病院に搬送されたため途中不在になる。
センターを空けてライブが進行する中、『二人セゾン』のソロダンスを自らの意思で小池が踊り切る。
小池は当時を『会場全員を敵に回してもいいから、平手と欅坂のために踊ろうと思った』と振り返る。

この3ヶ月前には、2ndアニバーサリーライブがあった。平手の不参加が事前に決定しており、代理のセンターを立てての公演になっていた。各曲でセンターに指名されたメンバーは、逃げられない役割を担う恐怖と不安を押し殺して主人公を演じ切った。
センターの重圧は経験した者にしかわからないのかもしれない。そしてその重圧はきっと『誰しも』同じであろうことにも。


本作の終盤、平手について尋ねられた小林は『みんなと思っていることが違うことが多いから、こういう場では言いにくい』と語っていた。
伝えたい相手以外には言葉をしまっておく姿は、平手と重なるような気がした。
それが個人の性質なのか、早くから代理センターを任されて、紅白の大舞台も乗り越えた小林だからなのか、欅坂としての活動が続いていれば明らかになったのかもしれないと思うとやっぱり少し惜しい気がした。


ーーーーー

欅坂というグループに出会えて、頑張る姿を追って見えた素敵な景色がいくつもあった。
ただでさえ不安定な年齢だと理解はしているものの、パフォーマンスの差に落胆して無難な感想以外を心にしまったこともあった。
生真面目に曲を届けようとすれば追い詰められていくことを知りながら、より真に迫った曲がリリースされて憤ることもあった。
けれどもそのパフォーマンスで、感動してしまう自分もいたし、大人の書いた歌詞を大人の思惑通り健気に歌う姿にもどかしさや矛盾を感じることもあった。


5年間何を思って何が起きていたのか、全てを知ることはできないし、目線の数だけ真実と嘘がある。
私の真実は欅坂の活動が日々を彩ってくれたこと。
私の嘘はこの映画で彼女たちをより深く知った気になること。
本作も私自身も、それぞれのフィルターを通して彼女たちを見つめている。
今は見つめられている彼女たちの、見ているその先が明るいことを、ただ祈っている。
牛タン

牛タンの感想・評価

5.0
ライブ映画として見応えもほどほどにありまさに舞台裏というところも見れるので見る価値アリです。

欅のファンであるため感想は長々となりそうなので映画としての感想だけにしておきます。

映画全体としては一応時系列になってはいますが微妙に遡ったり大幅に昔の映像になったりします。
同じ楽曲の違うライブ映像に切り替わり平手が落ちるシーンはとても印象的でした。
ドキュメンタリー映画を見ることは滅多にないのでドキュメンタリーというのはどういう視点で優れているのかのものさしが分からないので少し興味が出てきました。

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