ハル

空白のハルのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
3.9
何とも言えない「まとわり付くような不快感」と「生きていく上での正しい行動選択」について考えさせられた。

まず一番の敵は常に無責任な第三者である事は間違いない。
娘の事故から起きる様々な事象の多くは当事者が引き起こしたものでは無く他人由来。

それは今の時代だからこそより顕在化しやすいが、恐らく昔から変わらない社会の歪みで、今作でもその悪質ぶりは際立っていた。

マスコミを筆頭にニュースを見て参戦しようとする野次馬達。
この作品ではやや誇張気味なほどマスコミに対して悪意を込めて表現されており、大きな事件があった時に意図的な印象操作を繰り返す各媒体へのアンチテーゼも込められていたように思える。

当事者同士で事が終われば一番被害が少ないのにそれを許さない世間。
この恐ろしいモンスターをどうすればいいのか、つくづく答えが見つからない。

そして、俳優陣。
まずここまで重い責任の数々をよく受けたなぁと感嘆させられた。
事故後の青柳(松坂桃李)の虚無感など本質そのもの。
怖いくらいな「無」の表情で表される「0」の感情。
彼はトップ俳優でありながらこういった困難かつ報われない役柄をドンドンこなしていくが、今作でもその度量と覚悟が見て取れた。
特別な所作はないものの父親を見かける度の怯え・震え・怖がっている様子に徹底したリアリズムを感じられる。

古田新太も同様に周りから進言される度に自分の未熟さとむきあいながら自己否定とやりようの無い怒りをぶつける行為の繰り返し。
辛辣な芝居の重みは流石だった。
圧倒的な負の力をスクリーンから終始巻き散らかしている。
人間性そのものが揺さぶられていく過程で彼が見つけたモノは何なのか。
それを知りたくなった。

さらに付け加えたいのが、見終わったあとも残像として浮かぶほど強烈なキャラクターを演じていた寺島しのぶの存在。
このスーパーの店員は心底凄まじい圧力を行く先々で発揮している。
こういうタイプの人って実際にもいるけど、パワーが強すぎる分、扱いが実に難しい。
振りまく善意が周りの尺度とずれている場合、これもまたどの様に対応していけばいいのか分からなくなった。
受け取り方によってはただの悪意にもなってしまう危険性には恐怖すら頭を掠める。

今作を鑑賞後、ずっと考えていた事がもう一つ。
それは「自己保身の怖さ」
結局自分が悪いと思ってもそれを全面的に認める事はなく、言葉を濁しつつどこか中途半端なラインで自分を守りながら生きていく。

終盤色々な事が明らかになっても結局ちょっとだけ誤魔化す。一番変わったであろう父親でさえもそこは同じだった。元奥さんに対しての態度だけ見ると心を入れ替えたように思えるけどそこはやはり都合が良過ぎる。

矛先が自分に向かないよう、責められないよう、防衛戦を張りながら都合の良いよう立ち位置を変化させるシビアな面に人間の業を見た気分。

表面の皮を剥げば、ズルく醜く汚い内面を誰しもが抱えているのだろうか。

ごまかしながらも正論でやり過している哀れな人間達を、本作はとことん描ききっている。

変化の過程で救いのある様に捉えることも可能なのかもしれない。
ただ新たな悲劇を生み出している時点でそれはやはり救いようのない行為に感じてしまった。

「空白」は切に心と向き合い掘り下げた作品。
人の罪とは、謝罪とは一体何なのか。奥底の暗く湿ったとこで繰り広げられる物語と役者陣の熱演がどこまでも終わりのない問を投げかけてくる厳しい一作だった。
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