噛む力がまるでない

お名前はアドルフ?の噛む力がまるでないのネタバレレビュー・内容・結末

お名前はアドルフ?(2018年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

 ドイツではタブーに近いアドルフの名前をえんえんめぐる話かと思っていたら、そこを特化させているわけではなく、危険な命名を端緒に家族の泥仕合を描いたコメディ映画で大変見応えがあった。ロマン・ポランスキーの『おとなのけんか』のような、怒りの矛先がコロコロ変わっていく人間模様が楽しい。元はフランスの舞台劇らしく、少人数でのワンシチュエーション展開なのも納得だ。原作元はフランスでも、こうしてヒトラーを娯楽の題材としてようやく少しずつ楽しめるようになってきたドイツの長年の歩みには頭が下がる。序盤こそアドルフの命名をめぐって知的な掛け合いが続くのだが、早々にちょっとした種明かしがあり、話は笑えない方向へと転がっていく。地位や名誉のある人間がいざパーソナルな口論となると、どんどん人間味を丸出しになっていく様子は滑稽で面白い。特に社会の風通しをよくしようと動いているエリザベトが実はジェンダーバイアスに疲れ果てており、最後にその鬱憤を一気に晴らす展開は強烈だった(そのあと化粧を取る様子を鍵のかけた扉越しに見せることで彼女の疲弊ぶりが一層増している)。カロリーネ・ペータースの演技も痛快で、ドイツ演劇のスターだという彼女の見事なかっさらい方である。

 この手の映画を見るたびに、「どれだけ一緒にいても家族とて他人」ということを思い知らされる。だからこそ共感や思いやりが必要……というありきたりなオチにはせず、変わっても変わらなくてもそれでも続いていく人生を示唆して映画は終わっていく。実に大人っぽい話だが、ラストは見てる側のツッコミを入れることでコメディとして締まりを良くしている。全体的にテンポもよく、よく出来たシナリオだが、秘密とか訳ありといった設定が強いとどうしても「次はこの人」という単純なパターンにハマっているようにも感じる。レネの秘密は彼の人生を考えれば味わい深いものの、ちょっと強引じゃないか……。