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護られなかった者たちへの小のネタバレレビュー・内容・結末

護られなかった者たちへ(2021年製作の映画)
2.5

このレビューはネタバレを含みます

映画レビューでしばしば目にする「邦画の悪いところが出た」という意味が本作でようやくわかった気がする。商業映画となると日本人内輪ウケのエモーションで包んでしまう。世界に通じる普遍的なメッセージを持ちうるはずなのに…。

原作のテーマ、ネタは、ケン・ローチ監督のパルムドール受賞作『わたしは、ダニエル・ブレイク』に並ぶような内容であるにもかかわらず、犯人像に無理が生じるのを承知で、社会派ミステリーの看板を脇に追いやり、日本人の美意識をこれでもかとくすぐることで動員増を狙った商業映画。

原作の主張は坂口安吾の『堕落論』と同質だと思う。「硬直した道徳規範」から"堕落"すること、「美しいもの」に圧倒されてしまう人間の性を自覚すること、そして権力者がその性を<巧みに計算し>作り上げた「からくり」に仕掛けられた罠を見抜き、一人一人が<血を流し、毒にまみれ>ながら固定観念の皮を剥いでいくべきであること。
(引用・参考:https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/56_darakuron/index.html)

犯行の動機について、笘篠刑事に「復讐のため」かと問われた原作の犯人の答えが次。

(以下、原作から引用しネタバレもします。)

<「違いますよ。採用された任地に、たまたま三雲がいただけの話です。でも三雲はわたしの顔も名前も知りませんでした」 円山は寂しそうに笑う。

「三雲は周囲から善人と親しまれていましたが、以前のままだったんです。わたしが、どうしても生活保護が必要だと判断した申請を、三雲は予算不足のひと言で却下することがよくありました。本当に、何にも変わってなかったんですよ。わたしも福祉行政の仕組みや現状は分かっていますが、三雲たちはあまりにも申請者一人一人の顔を見ていませんでした。復讐を実行しようとしたのはそれがきっかけです。(後略)」

 円山は少し得意げに喋った後、不意に表情を引き締めた。
「でも信じてください。わたしはもう二度とけいさんみたいな、社会保障システムの犠牲者を作りたくなかった。だから懸命に勉強して福祉保健事務所の職員を目指しました。それは本当です」
 円山の仕事ぶりはこの目で見ている。信じない訳にはいかなかった。>

つまり、犯人(原作)の復讐の対象は、権力者が支配のために「美にとりつかれてしまう人間の性向」を計算して作り出した制度や仕組みといった「からくり」である。

犯人がSNSに残したメッセージは、映画では締めに使われず中途半端な印象だけど、原作は<世間に一石を投じる結果となった>というまとめ方、つまりこれこそが原作の主張そのものとして終わる。

<『護られなかった人たちへ
  わたしは青葉区福祉保健事務所保護第一課に勤める円山菅生という者です。わたしは生活保護を必要とされる市民のために働く者ですが、この度一身上の都合により職を辞することになるかも知れません。なので、この場を借りて皆さんに言いたかったことを残しておこうと思います。
 現在の社会保障システムでは生活保護の仕組みが十全とはとても言えません。人員と予算の不足、そして何より支給される側の意識が成熟していないからです。不正受給の多発もそれと無関係ではありません。声の大きい者、強面のする者が生活保護費を掠め盗り、昔堅気で遠慮や自立が美徳だと教え込まれた人が今日の食費にも事欠いている。それが今の日本の現状です。そして不公平を是正するはずの福祉保健事務所職員の力はあまりに微力なのです。(略)でも、ほんのわずかですが言えることもあります。
 護られなかった人たちへ。どうか声を上げてください。恥を忍んでおらず、肉親に、近隣に、可能な環境であればネットに向かって辛さを吐き出してください。(略)
 あなたは決して一人ぼっちではありません。もう一度、いや何度でも勇気を持って声を上げてください。不埒な者が上げる声よりも、もっと大きく、もっと図太く』>

メッセージは『堕落論』そのものだと思う。<昔堅気で遠慮や自立が美徳だと教え込まれた人>は"堕落"し<恥を忍んでおらず、肉親に、近隣に、可能な環境であればネットに向かって辛さを吐き出し>生きるべきなのだ。<不埒な者が上げる声よりも、もっと大きく、もっと図太く>声を上げ「からくり」と闘い、生きなければならないのだ。

一方、映画は主要4人のすべてが日本人的な美意識にしたがって行動する、それが自分の「生」を犠牲にするとしても。

・けい(倍賞美津子さん):遠慮や自立(ノーベル物理学賞受賞の真鍋淑郎さんが米国籍にした理由にあげた「調和、協調」)
・幹子(清原果耶さん) :復讐と自決(忠臣蔵)
・利根(佐藤健さん)  :幹子のために、自己犠牲(「天皇のために」の皇国史観)
・笘篠(阿部寛さん)  :見殺しにも怒らず(克己、自己抑制、理念に自らを捧げる精神:武士道)

もちろん日本人的な美意識が悪いわけではなく、私はむしろ好きな方。しかし、人はそういう美意識に圧倒され思考停止し、生活保護の前提でもある<全ての個人の「生」を無条件に肯定するという、基本的人権の価値観>を見失い、「生」を否定しかねない性向を持っていることを自覚しなければならない。
(https://synodos.jp/opinion/welfare/20924/)

原作を改変し、日本人にウケるよう美意識を描くことは好きでも嫌いでもないけれど、本作に関しては「そりゃないだろう」という気がしてならない。ということで、敢えての低めの評価です。ごめんなさい。でも色々考えさせくれたという点では良い映画でした。
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