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PIG ピッグのbackpackerのレビュー・感想・評価

PIG ピッグ(2021年製作の映画)
4.5
【カットカウント結果:553回】
ニコラス・ケイジ(以下、ニコケイ)完・全・復・活!!

【作品情報】
公開日   :2022年7月15日(日本)
作品時間  :91分
監督    :マイケル・サルノスキ
製作    :ヴァネッサ・ブロック、ディミトラ・ツィングー、トーマス・ベンスキー、ベン・ギラディ、ドリ・A・ラス、ジョセフ・レスタイノ、デビッド・キャリコ、アダム・ポールセン、ニコラス・ケイジ、スティーブ・ティッシュ
製作総指揮 :マイケル・サルノスキ、ロバート・バートナー、ヤラ・シューメイカー、ボビー・ホッピー、レン・ブラバトニック、アビブ・ギラディ、ダニー・コーエン、ビンス・ホールデン、マリサ・クリフォード、ティム・オシェイ
原案    : ヴァネッサ・ブロック、マイケル・サルノスキ
脚本    :ヴァネッサ・ブロック、マイケル・サルノスキ
音楽    :アレクシス・グラプサス、フィリップ・クライン
撮影    :パット・スコーラ
編集    :ブレット・W・バックマン
出演    :ニコラス・ケイジ、アレックス・ウルフ、アダム・アーキン、カサンドラ・バイオレット、他

【作品概要】
過去に深い喪失を体験した男が、大切な者を奪われ再起。大切な者を取り戻すために東奔西走する。
その過程で、封じ込め目を背けていた過去と向き合った男は、折り合いをつけ、思い出として受け入れることになる。


【作品考察】
本作は、3つの章によって明確に分けられているため、非常にわかりやすい三幕構成の物語となっております。
章題は下記のとおり。併せて、各章の概要を記載しておきます。

PART1:田舎風マッシュルームタルト
→〈設定・誘因〉導入部では、森・小川・生活拠点の小屋や豚との生活の様子を描写し、主人公のロブ(演:ニコケイ)の生きる世界設定を観客にしょうかいします。併せて、ロブの性格やトラウマの存在を匂わせます。同時に、トリュフバイヤーのアミール(演:アレックス・ウルフ)を通して、ロブに秘められた謎が徐々に明らかになっていくことで、感情移入と没入、布石打ちと期待感の醸成が行われていきます。豚誘拐シーンのダイナミックなカメラワークは迫力満点。

PART2:ママのフレンチトーストとホタテ貝の創作料理
→〈展開・対立〉昔の思い出が眠る街・ポートランドへ帰還したロブが、豚誘拐の黒幕を突き止めます。これにより、信頼が芽生えていたアミールとの関係性に亀裂が走り、また、黒幕との直接対決に敗れ目的達成(豚を取り戻す)が危ぶまれる事態へ至ります。

PART3:鶏料理、ワイン、塩味のバゲット
→〈解決〉ロブとアミールの和解と協力により、お互いの目的達成に向けて再び黒幕に挑戦します。それまで撒かれた布石が回収され、ロブとアミールの心の成長及び結末を映し出します。果たしてロブは、奪われた豚を取り戻すことができたのか?彼の凍り付いた心と時間は動き出すのか?アミールが父に抱く思いにケリはつくのか?そこは見てのお楽しみ。


以下は構成要素からの作品紐解きの試みです。

①ロビン・フェルドという男
ロビン・フェルドは、その昔ポートランドに存在した超有名飲食店・ヘスティアの、巨漢のスー・シェフだった男です。現在はオレゴンの熱帯雨林にて、1匹の豚とトリュフ狩りをして生活しています。
妻の妻ローレライ・フェルド(ローリー)とは死別。性格は頭に血が上りやすく、マイペース(唯我独尊)。自分の行く道を歩み、気に食わなければはっきり態度と行動で示す、傍若無人かつ直情的な人間です(クラクションを鳴らされても気にもせず、道の真ん中を歩く姿が、すべてを物語っていますね)。他人に心を開かない偏屈な頑固者ですが、信頼関係を構築すれば、真摯で紳士な対応をとってくれるます。要は認められるまでが大変ということです。
子どもに対しては基本優しいものの、視野狭窄状態になると何もかもお構いなしな振る舞いに早変わり。
ただし、本質を見抜く審美眼を有する上に、記憶力が優れており、自分と自分の店に関係して接点をもった人間のことは、些細な会話でも克明に記憶しています。

②触れられない過去、忘れられない思い出
豚誘拐事件によってポートランドの街に帰ってきたロブ。彼と彼の店は今でも伝説として語り継がれているほどの、偉大な存在。彼がなぜ世捨て人となり、オレゴンの熱帯雨林でトリュフハンターとなったのかは、判然としません。一体なぜ、文明と人付き合いから距離を置き、一人と一匹の森暮らしをすることになったのでしょうか。
劇中で描かれる範囲からは、妻ローリーが亡くなったことが、全てを捨て森へ去る切っ掛けとなったと読み取れます。しかし、どうやらそれが理由のすべてではないようにも見えます。
例えば、劇中描写からは、昔のロブは地下世界で強い影響力を有するシェフであったと同時に、他の料理人からの恨みつらみも山積み(15年経た現在でも恨まれている様は、殴られ役に名乗り出たときに次々金を積まれていく様子や、殴りかかってくる小男から判断できます)であったことが伺えます。これを踏まえれば、そもそも奥さんが亡くなった理由も、このアングラな飲食業界に端を発しているのではないか?と考えることもできます。
もしそれが正しければ、ロブが世捨て人になった後ろ暗い理由が存在するのかもしれませんね。
ちなみに、ロブの店の名"ヘスティア"の由来は、ギリシャ神話の炉と家庭の女神ヘスティアーと考えられます。炉=食事を作る場所=店、家庭=愛する人との生活=ローリーとするならば、ヘスティアを失った=仕事も愛する者も失った=世捨て人となったロブ、という意味で理解して問題なさそうですね。

③親子関係の拗れ
オレゴンの高級料理店等を牛耳るレアフード王の父と、そんな父のビジネス領域を脅かそうとする息子・アミール。彼らの関係性は、両親の不仲に端を発したもの。「いつも喧嘩し、母は泣いてばかり。父は最低の人間だ」と語っていますが、実際母は自殺(未遂)にまで追い込まれてしまい、今は施設に入院している状況です。
(ただし、母がこうなった原因は詳細不明のため、父がどう関与しているのかは謎とされています。)
そんな母の境遇もあり、父に対して恨みを抱くアミールですが、実際は父に対する強い憧憬を抱いていることが見て取れます。若くして高級コンドミニアム暮らしをするまで成功した身であるアミールにとって、同じ土俵で戦う存在であるがゆえに、今日の地位を築き上げた父の偉大さと、眼前に聳え立つ高い壁である現実を思い知るためです。
拗れた親子関係は、ロブが表舞台に現れたことで強制的に動かされます。元をただせば、アミールが父にロブの存在を話したばかりに、豚誘拐事件が起きたわけですが、ロブという嵐が過ぎ去った後に訪れた静寂が、彼らの関係性に進展を与えるきっかけとなったのです。
この〈父と子の対立構造〉というサブプロットによって、〈奪われた豚を取り戻す〉というメインプロットを補完し、互いを支え合うものとして機能しています。

④”ポートランドホテル”について
ロブがポートランドに舞い戻った夜、情報を得るために訪れるのが”ポートランドホテル”です。
「ホテルは1950年代に解体され現存しないが、地下階はまだ残っている」と説明されるこの地下世界。シェフや料理関係者たちによる”賭け拳闘の場” という、読んで字のごとくなアンダーグラウンド空間として突如登場しますが、これには元ネタがあります。
ポートランドには、ホテルやバーの地下階と、ウィラメット川のウォーターフロントを結んでいる”シャンハイ・トンネル”と呼ばれる地下通路が存在し、昔はこの地下通路を使って荷揚げ等を行っていたようです。このトンネルには、誘拐や人身売買等に用いられたという都市伝説が存在し、アングラ無法地帯のイメージが定着しているとのこと。
料理関係者が険しい形相で相手を殴る様は、さながら『ファイト・クラブ』を彷彿とさせますが、実は『ファイト・クラブ』の原作小説の著者はポートランド在住、オレゴン大学で学び、ポートランドで就職、仕事の傍ら『ファイト・クラブ』を書きあげたという経歴の持ち主。
本作で地下階&ファイト・クラブが描かれるのは、こういった背景があるが故のようですね。


【作品感想】
〈喪失と再生の「行きて帰りし物語」〉

ニコケイ。ニコケイ?……ニコケイ!ニコケイ!!やりましたねニコケイ先生!超最高の映画でしたよ!!
『俺の獲物はビンラディン』の前売りチケットをTOKYOコミコンで買って以降、劇場で見られる主演作はなんとか足を運ぶようにしていましたが、間違いなく『マンディ地獄のロード・ウォリアー』以来のあたり役でした!
カリコレ2022で3回鑑賞し、それでもまた見たいと思ってやまない、素晴らしい映画でした。

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』や『ウィリーズ・ワンダーランド』で、動と静の二極振り切り演技を続けてきたニコケイが、(同じような役回りではあるものの)より静の演技に比重を置いて、彼のフィルモグラフィーに名を残す傑作を作り上げました。
監督のマイケル・サルノスキは、本作が監督・脚本デビュー作。本作の高評により『クワイエット・プレイス』第三弾の監督に抜擢されており、再び動静の効いた作品を作り上げてくれることを期待してしまいますね。

中年オヤジと若者のロードムービー的作品ですが、形式はまさに「行きて帰りし物語」。過去を清算し前に進むために、豚探しという遅咲きイニシエーションを経たロブが、以前までは許容できず全てを捨て去った"喪失"に対し、今回は受け止めることができたというのは、自信と同様葛藤と苦しみを抱えている若者=アミールの存在があったからこそ。
また、情報収集のため訪れた街一番の店で、かつてヘスティアで2か月だけ見習いをした男がスー・シェフとして登場した際、彼に多くの言葉を投げかけるロブですが、「やりたいことをやれ」「誰もお前を見てはいない」等の台詞からは、俳優としてのニコケイ自身の独白であり、自然体の演技という彼の考え自体をさらけ出していたように思えます。
印象的なシーンはいくつかありましたが、手持ちカメラを長回しした、アミール父との最後の対話シーンは凄かったですね。破顔し、足の力を失い、泣き崩れるニコケイを追いかけるように動くカメラワーク。張りつめていた糸が切れたことがわかる一瞬の演技。この究極の脱力こそ、今のニコケイの真骨頂。
年を重ね、苦労を重ね、俳優の年輪を重ねていったニコケイの、たどり着いた境地。願わくば『PIG』が、ニコケイの言う「後世に残したい映画!」として、語り継がれていくといいなとおもいます。

「また木曜日に」


【私的ニコラス・ケイジ年表】
~デビュー&下積み期~
1981年:『初体験/リッジモント・ハイ』
1984年:『バーディ』
1990年:『ワイルド・アット・ハート』
1992年:『ハネムーン・イン・ベガス』
~キャリアハイ期~
1995年:『リービング・ラスベガス』
1996年:『ザ・ロック』
1997年:『コン・エアー』『フェイス・オフ』(最盛期)
~玉石混合期~
2000年:『天使のくれた時間』
2002年:『アダプテーション』
2003年:『マッチスティック・メン』
2004年:『ナショナル・トレジャー』
~キャリア低迷期~
2006年:『ウィッカーマン』(ラジー賞ノミネート)
2007年:『ゴーストライダー』(ラジー賞ノミネート)
2010年:『魔法使いの弟子』『キック・アス』
2011年:『デビルクエスト』等(当年全出演作ラジー賞ノミネートの偉業を達成)
~俺ジナル・マイウェイ期~
2016年:『俺の獲物はビンラディン』
2018年:『マンディ地獄のロード・ウォリアー』『トゥ・ヘル』
2019年:『カラー・アウト・オブ・スペース -遭遇-』
2020年:『アース・フォール JIU JITSU』
2021年:『ウィリーズ・ワンダーランド』『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』
2022年:『PIG』←NEW!!
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