銀色のファクシミリ

君が世界のはじまりの銀色のファクシミリのネタバレレビュー・内容・結末

君が世界のはじまり(2020年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

『#君が世界のはじまり』(2020/日)
劇場にて。不安と苛立ちにふりまわされる6人の高校生。ともすれば散漫になる群像劇を、近い将来の破滅を冒頭で提示して、全体の緊張感を保つ構成の見事さ。そして誰が誰の「世界のはじまり」なのか、むき出しの自分を見つめたから辿り着いた真実を描く青春映画の秀作です。

感想。ある恐ろしい出来事が冒頭で提示されるが、その当事者が誰なのかは明かされないまま場面は終わる。そして少し時間を戻して始まる高校2年生6人の物語。「誰がそうなるのか、この人はあの出来事とどう関わっているのか」という予想が緊張感を保ち、物語に意識を集中させる。

同じ高校に通う同じ学年の6人なのに語りあう場所が特徴的。学校内の閉鎖施設、通学路の工場タンク前、ショッピングモールの非常階段。大勢の人が行き交う場所の中に、隙間のようにある空白。そういう場所に二人だけになる時、自分自身の飾らぬ顔が出てくる。

特に際立つ物語の舞台は、閉店セールが始まっているショッピングモール。今はいつもと変わらないけど、という情景で示す「この日常は必ず終わりが来る」という事実。ここを舞台にした終盤は「ここは君の世界の全てじゃない」という希望と、反論すらできない現実をつきつける場面になっていました。

恐ろしい出来事は中盤で起こってしまい、彼らはその出来事と自分を相対化する。その思考がそれぞれに何をもたらすのか。そして互いを知り語り合うなかで、誰が誰の「世界のはじまりの君」になっていくのか。縁(松本穂香)と純(片山友香)の二人の主人公と、二つの軸がついに交錯する。

物語の最後を語ることは出来ませんが「世界のはじまり」を口にした人の意外さと、その人の口から出たことで伝わる相互理解の深さ。そしてブルーハーツの曲名を救いを求めるように吐き出す序盤と、別の曲名を希望を見つけたかのように告白する終盤。両方ともに帰結が美しい映画でした。感想オシマイ。

『#君が世界のはじまり』ネタバレ感想。

ショッピングモールでの乱痴気騒ぎを発見した警備員のおじさんの判断は、実は甘さでもなく優しさでもなく、彼ら5人につきつけた現実だということ。

おじさんは5人の行いを目撃しながら、なんのペナルティもなしに彼らを帰してしまいます。これは甘さとも優しさとも見えますが、開放された後に(多分)岡田が口にした「ガキだな俺たち」という言葉が示すとおり、警備員さんの意図とは別に、彼らにある現実をつきつけてあの事件と並んで自己相対化を促すエピソードになっていると思えました。

おそらく、あの警備員さんに「なぜ開放したのですか?」と尋ねることが出来るとしたら、あの人は「子供のしたことだから」と答えると思うのです。彼らが自分をどう思っているかはともかく、あの警備員さんから見れば小学生も高校生も子供。もっとキツイ云い方をすれば「エラそうな事を語っていても、自分の行動にちゃんとした責任もとれないじゃないか」ということ。実際「ガキだなあ」と述べても、「やっぱりお店の人や警察に行って謝ろう、罪を償おう」と誰も云いださない5人でしたし。

そして「まだ子供」であるということを改めて認識した縁は、仲たがいしてしまった琴子に歩み寄り、泣きわめく子供のような琴子に、自分の中の変わらずある親愛の情をかみしめ、優しさと喜びの眼差しで琴子を見つめる。その眼差しに気づいた琴子は「あんた笑いすぎやで、世界のはじまりか」と間違っていない答えを語り、二人の心のつながりを示す。水たまりの中の青空のような頼りない希望の中だけど、という確たるものの見えない将来を暗示させながら。飾らない言葉と行いで見せる、むき出しの刃物で切り結ぶような、ひりつくリアルを見せてくれた映画でした。とても好き。ネタバレ感想もオシマイ。

#2020年下半期映画ベスト・ベスト助演俳優
中田青渚/『君が世界のはじまり』
主人公の親友・琴子役。主人公は彼女の何に惹かれて友人になっているのか。それを理屈じゃなくて気持ちで分からせる琴子の放駒な言動。青春の混迷を超える「君が世界のはじまり」。ネタバレできないけど圧巻の演技でした。