にくそん

君が世界のはじまりのにくそんのネタバレレビュー・内容・結末

君が世界のはじまり(2020年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

面白かった。誰かが誰かのことを思っていたり思うようになったりする、ほぼそれだけで映画が出来ていて、それでこんなに魅力的なのかって、そのことにもまた感動する。

映画っぽくしてやろうとか、はたまた関西の高校生のこういうなにげない会話いいだろうとか、見て見て!感が強いところには前半ちょっと辟易としたけど、大阪のおばちゃんにもらう飴ちゃんみたいなもので(18まで関西で育って一度ももらったことないけど)本気で憎むことはできない。

この映画、主人公の名前をどう書いていいかわからないな。「my name is yours」に感動したので、とりあえず「縁」と書いておこう。縁がかわいかった。琴子といるとき、いつも体温が低そうなしゃべり方してるくせに、あんな。タバコの煙を吹きつけられるところ、琴子が京都から帰ってきた夜道のところ、ベルモールで「恥ずかしい」とうろたえるとき、そしてラスト。本当に表情がよくて、松本穂香さんをこれまで以上に、これまでで一番、好きになった。

それと、父親のことで自分を責めている業平に切実に何か言ってやりたいと思うときの縁の顔が本当に好き。ネタバレになるけど、縁はめちゃくちゃ好きな人がいて、でもその人にしか興味が持てない人ではない。誰と向き合うときにもちゃんと心をいそがしく動かしている。その感受性がまた好き。自宅はリビングにまで、お父さんのものか、家族みんなが読むのか、古びた本が大量にあふれていて、その描写は地味に説得力があった。

私は映画を観る前って第一報か第二報ぐらいで<観たい映画>枠に放り込んで、後は場面カットを見たり、ムビチケを買ったり、キャストの対談記事を読んだりはしながら公開を待つ。誰からもストレートなあらすじ紹介を受けないようにしている。第一報であらすじに興味を持ってチェックすることは多々あるんだけど、バカなので観に行くまでには忘れている。今回はそれがすごくよかったなって満悦。

邪道かもしれないけど、この映画、誰が誰をどう思っているのかを推し測りながら観るの、相当楽しい。琴子だけはわかりやすいけど、縁や岡田が誰に恋しているのかはそこまで明快じゃなく、明快じゃない理由もまた彼女たちにはあって。言っていることと裏腹な視線などで察せられてくるのがぞわぞわする。同じ学校に通って見ているような感覚。

なんか感想戦みたいな感覚になるけど、岡田の好きな人を私はすっかり勘違いしていたので、一番意外だった。縁のは表情で浮かび上がってきて、楓ママに「(初恋は)ぼろ負けや」と言うところで、なんとなくああそうかと思って変換候補が出てきて、そのすぐ後でENTERキーが押された感じ。大雨の夜のベルモールで縁が業平くんから「卑怯やって言ってた」って言われるところ、めちゃくちゃ面白くて心でガッツポーズした。

いいセリフがいろいろあったなか、言葉で強く印象に残ってるのは意外と「あの人」。同じ学校に通う生徒同士でも、たいして親しくない相手の呼び方って「あの人」だったなあっていうのを前半に思い出して懐かしくなった。「あの人ってお兄ちゃん二人おるねんて」みたいな用法ね。悪意も好意もないフラットな噂話にも使う三人称。それが大雨の夜のベルモールでは使い方も響きも違ってきてなんかたまらなかった(最初からそっちの用法だったんだけど、私が間違って聞いていたせいで勝手に劇的になった。でもあれは間違って聞こえるようにしてた気がする)。

それから「綺麗」という言葉。「綺麗」っていうのは時に、モテるのも納得の顔立ちだ、みたいな意味で、言ってる人の感情が入らない使われかたも結構すると思うんだけど、この映画のラストの「綺麗」はどこまでも主観で素直で本気で、なんか泣けると思った。

私はきわめて忘れっぽくて、映画を1本観て、映画館を出た後も覚えていられることはちょっとしかないのに、この映画は観ながら思ったいろんなことを、もちろん一部だけど一夜明けてわりと覚えていて、覚えていられてうれしい。まだこの映画に浴していたい。好きだ。
にくそん

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