幽斎

カポネの幽斎のレビュー・感想・評価

カポネ(2020年製作の映画)
3.6
Al Capone。歴史上最も有名なギャングとして映画でも数多く語り継がれる。彼無しではハリウッドの犯罪映画(クライム・スリラー)は有り得ず、James Cagney主演1931年製作「民衆の敵」映画ファンなら一度は見るべき。この作品をリスペクトしたのがAl Pacino代表作「スカーフェイス」彼の異名「疵面」の由来。和風のイオンシネマ京都桂川で鑑賞。

彼の書物を読んだ方は本編を見て面喰うだろう。其れ位脚本の中身はアレンジ、と言うか創作が多くアメリカ本国での評価は押し並べて悪評。主演のTom Hardyはロンドン出身の生粋の英国紳士だが、アメリカの偉人を演じられると喜んでオファーを受けたが、やはり出来は納得し兼ねてる様子。当初は原題「Fonzo」とされたが、武漢ウイルスで劇場公開が出来ず、配給会社が「Capone」に変更して配信リリース。

Josh Trank監督、本作は良くも悪くも監督に尽きる。彼は20世紀フォックスがインディーズ発掘の為に製作した2012年「クロニクル」監督を務め、低予算ながら全世界で1億3000万$を売り上げ、当時27歳の彼は北米ランキング1位を史上最年少で記録。私も「クロニクル」はアメリカのアーバン・レジェンドを巧くフューチャーした傑作と今でも思う、これで一気に時代の寵児と成る。

それを観たソニー・ピクチャーズは「スパイダーマン」スピンオフ「Venom」(あのヴェノム)を任せるなど、監督の争奪戦が活発化。負けられないフォックスは「ファンタスティック・フォー」リブート版を専権事項として製作を命じた。当時のハリウッドは「ダークナイト」一色で、明るいイメージの「F4」も、2005年版と比べダークなシリアス路線で、私も劇場で予告編を見た時「これはオモロそう」と真顔で思った。しかし、出来は最悪。時を経てヴェノムは、本作のTom Hardyが演じた。そのヴェノムの撮影後に本作は製作された。こんな皮肉が有るだろうか?。

当時のCNNのニュースを回想すると「F4」主演Miles Tellerと監督が役作りの違いで殴り合いの喧嘩に為り、911の事態に発展。脚本家は別に居たが、コンセプトの違いで書き直しをプロデューサーに相談せず製作がストップ、完成した試写を見て監督が勝手に再編集、最後には監督権を剥奪され、別の編集者で完成。こう為ると手の施しようがない。彼はフォックスから出禁、伝え聞いたソニーも製作中止。「スター・ウォーズ」ボバ・フェットのスピンオフも御破算。事実上ハリウッド追放の憂き目を喰らう。

監督は決して才能に溺れて撃沈した訳では無い。そもそも映画とは妥協の産物であり、製作には多くの金と金を出すプロデューサーの存在は絶対的。自分のセンスや情熱だけでは、良い作品は創れず、それは一流だった野球選手が、監督に成って上手く往かないのと同じ。支えるスタッフや助言するコーチなど全ての循環が必要なのだ。彼と対照的なのが私の生涯1位作品「SAW」James Wan監督。彼は超低予算で世界的にヒットさせ、スリラーの新境地を開いた。一方で「ワイスピ」の監督もサラッと務め大作「アクアマン」は世界的に大ヒット。1㎜の心掛けの違いが命運を分ける、それが映画の世界。

監督は本作の脚本と編集も務め、5年振りにハリウッドに復帰。資金が集まったのは邦画と同じ製作委員会方式を取り、多くの寄付や資金提供を受けて完成。今度こそ言い逃れ出来ないが、拙い事にカポネの晩年と監督自身の鬱屈した経験を投影した、私的な作品に仕上げてしまった。自らの糧に身を削った小説を読んでる気分に為る。栄光を全て失い、周りから酷い扱いを受け、持てる力で抵抗するも、事態は悪化するばかり、正に監督の体験そのもの。それを見せられて面白い訳が無い。

監督の演出理論は決定的な悪は存在せず、モチーフに為る主人公の美学が味方を巻き込んだ暴発にしか見えないが、テーマの空回りが逆噴射的に良く映る場合も有る。問題なのは人物の深掘りに関心が無く、脚本自体とても薄く感じてしまう。毎日4時間のメイクで頑張ったHardy渾身の演技も空回りに見え、何故か切なく為る。スリラー基調で、レビュー済の有名監督の作品をしっかりオマージュしてるが、演出のフォーカスが定まらないのか、或いは外連味に乏しいのか、淡白な鯛のお刺身ばかり食べてる気分に為る。

身も蓋も無い事を言えばギャング映画自体がオワコンなのだ。アメリカは歴史の浅い国だが、彼らに取って西部劇とギャング映画は二大巨頭だった。しかし、コンプライアンスに煩くジェンダー・フリーに神経を尖らす、今の風潮には馴染まない。それに、どうしても1987年「アンタッチャブル」Robert De Niroと比較されてしまうジレンマは拭えない。

ならばとイメージを覆す作品を目指して、伝記映画のジャンルに監督お得意のスリラーをブチ込むのは良いが、超現実的なモダニズムを描くには、監督のセンスに自分が書いた脚本が追い付かない。観客には薄っぺらで締まりのない作品。一言で言えばギャング映画なのに「重み」が足りない。これを見ると「ファンタスティック・フォー」結果的に同じ運命を辿ったに違いない。

アンニュイな白昼夢にセンスを感じるが良くも悪くも「歪」。この作品はジャッジが難しい。
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