ikumura

ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれからのikumuraのレビュー・感想・評価

3.5
【ごんぎつねか泣いた赤鬼か】

余白の多い、答えを求めない、文学的な映画。

白人だらけの田舎町で父と二人で暮らす中国系女子高生のエリーが主人公。
彼女は文才があって音楽もできる優等生。
弱小フットボール部でも補欠の、図体だけでかい冴えない同級生ポールから、
高校ヒエラルキーの頂点にいる美少女アスターへの恋文代筆を頼まれる。
でもエリーもアスターに惹かれていて、実は芸術家肌なアスターも恋文の主に心を開いていき・・・
というストーリー。

アメリカでアジア系といえば理数系に強いオタク、
もしくはバイオリンかピアノ、みたいなステレオタイプがあると思うけど、
この映画はそこを巧みにズラしていて、
エリーは同級生の誰より言葉の扱いに長けていて(日本で言えば文系)、
教会のオルガニストになるくらいだけど弾き語りもできる。
ステレオタイプを超えて、アメリカでアジア系で文学の才能を伸ばす意味、みたいなことは最近注目されている気がして、
「パチンコ」がベストセラーになったイミンジンという作家が、
ニューヨークタイムズに書いたエッセーも確かそういうテーマで、なかなか感動的だった。
というのはとにかく、そういうところをついてくるネトフリ、さすがですな。

このことも含め、映画の中で過剰にアイデンティティ・ポリティクスが展開されないのがある意味ユニークな点かもしれない。
エリーの文才は、嫉妬の対象になるでもなく、
意外にみんな普通に受け入れて頼っているし(差別を感じさせるからかいも受けるんだけど)、
そのほかでもある場面でエリーが別の才能を見せることで、
急にパーティに誘われたりもする。
(というかポールを巡っても、学校の人気者になるということが、運にもよるもので、実はそんな大したことじゃない、というのが示唆されていた気がする)
エリーがアスターを好きだということも、
アスターがそれに答えられるかということも、
レズビアンというのアイデンティティとしての問題として解決を求める、という話の運びにはならない(のだな、と思った)。
だからこそ、「楽しみはこれから」。

というか、同性愛であるかよりも、ソーセージのレシピを守ることが大事、みたいな、
「みんながみんなそんなにおおごととして捉えてないのかもよ?」
という姿勢も感じる。
ポールも、アスターも、男とは、女とは、結婚とは、かくあるべし、
みたいなのに囚われて、側から見ると血迷った行動もしてしまうんだけど、
最後にはそこから少し楽になって、愛というものを考えられるようになったのかな。
田舎の、みんなが同じこと教会に通うような保守的な街にしては、
優しすぎる世界だな、と思わないでもないけど、
学園もの・カミングオブエージもののお決まりさを外しつつ、別のおとぎ話になってるというのは興味深いし、だからこそ語れるリアルさがある。
アメリカのアジア系が、明確にいじめられてるわけでもなくても、
なんとなく感じる孤独はあるあるだし、
ふとしたきっかけで救われた時もなんかこんな感じだったな、
というのもあったり。

あと、中国語と英語バイリンガルな女友達に共通するような発声の仕方がある気がして、
この映画のエリーもまさにそんな感じでまた勝手に懐かしくなっていた(笑)

あと、英語が不得意で博士持ちなのにうだつの上がらないシネフィルのエリーパパも、エリーへの愛情含めて素敵だった。

で、途中まで「これはごんぎつねか泣いた赤鬼みたいになるのか?」とかハラハラしながら見てたんだけど
(考えてみるとエリーは嫌われてるわけでもないんであまり適切ではないけど)
それを言うならシラノベルジュラックだろというのを他のレビューを見て学びました!
ikumura

ikumura