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キング・オブ・スタテンアイランドのchunkymonkeyのレビュー・感想・評価

4.5
SNLでお馴染み、いやアリアナ・グランデの元カレといったほうがピンとくる?コメディアンのピート・デイビッドソンの半自伝的映画。
舞台はニューヨーク・スタテンアイランド。フェリーに乗ればマンハッタン、橋を渡ればブルックリン。そんなイケイケな人が成功、又は成功を目指して頑張るキラキラなエリアとは対照的に、この地域はいわゆる"忘れられた"白人労働者階級の人々が暮らす地域である。
主人公のスコットは子供の頃に消防士の父を火災現場で亡くすが17年後も盛大にそのことを引きずっており、無気力などうしようもないニートだ。つらい出来事があっても時間とともに立ち直りいずれ前向きになんて当たり前に思いがちだが、現実はそんなストーリーばかりではない。ピートは実際に9.11で消防士の父を亡くしている。時系列でも一致していて全く同じ設定にできたはずなのに映画では9.11でなくホテル火災としている。同じ設定にはつらすぎてできなかったのかなと思うと心が痛んだ。
心温まる物語を作るには登場人物を"いい人"で固めるのが常套手段、特にシットコムでは鉄則である。対してこの映画は主人公を含めて全登場人物が、映画やドラマに溢れかえっている"癖はあるけどなんだかんだいい人、よくできた人"みたいな設定ではなく、多少いい面もあるがどちらかといえば状況に適切な対応・反応ができない"ダメ男、ダメ女"に分類される現実的な普通の人ばかりである。にも拘わらずちゃんといかにも映画らしい心温まるストーリーを作り出しているのがいい。このスタイルが何に影響されているのかは劇中にヒントが隠されている。薬局の場面での携帯の着信音は"The Office (US)"のテーマ曲、友達の猫の名前が同ドラマのアンジェラの猫の名前と一緒だ。私もほぼ中毒といっていいくらい好きなTVドラマ"The Office"は、めちゃくちゃ笑えて時々ほっこりさせられるんだけど、登場人物に誰一人"いい人"はいなくて、ちょっと意地悪だったり自分本位だったり、どこの職場にもいるあまりに普通な人だけで構成されている異色のコメディで本作と似ている。
生真面目な私たちはいつも"他人様に恥ずかしくないようにちゃんと生きないと"と思って頑張りすぎる傾向があるが、その頑張りが"自分は苦しくてもこんなに頑張っているのにまったくこの人たちは..."とちゃんとできない人に対する不寛容さにつながってますます彼らが生きづらくなる。この映画でも中盤まではお互いのダメダメっぷりを指摘し合ってボロボロになっていくが、終盤にレッテルをはがし相手に対する寛容さを身に着けることで事態に光が差す。無気力ニート君に唯一やる気を起こさせるのが入れ墨なのだが、この入れ墨が笑顔も感動ももたらしてくれる。でも日本人としてはやっぱり入れ墨は抵抗あるかな。あ、いけない、他人に寛容になることの大切さがこの映画のテーマだった...
欠点を挙げるとすればテンポが遅い上にやや冗長なことだがまあご愛敬か(これでも相当カットしたらしいが)。ラストシーン、ニューヨーク市庁舎前でピートが空を見つめる先にあるはずのもの(気になる方はgoogleマップでご確認を)、そしてエンドロール冒頭の写真にピートの父への思いが感じられ胸が締め付けられた。ピートは昨年全身の入れ墨除去が報じられたが、この映画を作ることで父親への思いが整理されたのかなと思った。コメディアンが作った作品だが断じてコメディ映画ではない。でも、ちょこちょこっとささやかな笑いを入れてくる。笑いも感動も大げさに盛り上げることは決してせず自然体を大事にした良作です。
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