なべ

ただ悪より救いたまえのなべのレビュー・感想・評価

ただ悪より救いたまえ(2019年製作の映画)
3.9
 誘拐された娘を取り戻しにバンコクで奔走する殺し屋(元国家情報院のスパイ)。ここまでなら96時間とおんなじだけど、暗殺した在日ヤクザの弟が復讐しに追いかけてくるというのが韓国流。
 インナムは元スパイの人脈、ノウハウを使って娘を追うが、ヤクザの弟・レイも犯罪者側のネットワークを使ってインナムを追いかけてくる。つまり2人は同じ軌跡をなぞるように追走劇を繰り広げるって寸法。インナムは一刻も早く娘を奪い返したいが、レイの追及もかわさなければならない。対決していては娘の命が危ない。このジレンマがこの映画の肝。激しい疾走感と匂い立つようなバイオレンスで、観客に考える隙を与えない。観客はただ巻き込まれるだけだ。
 シンプルで無駄のないエンタメ作品だが、見逃せない点がある。ディテールが豊富で繊細なのだ。
 冒頭、殺し屋として最後の仕事が日本のヤクザの暗殺ってことで、日本ロケが敢行されているんだけど、このロケーションがニクイ。ヤクザの屋敷に翠州亭 (旧スイス大使館)が使われていてなんとも渋い。あんなに素晴らしい建築を使っておきながら、必要以上に露出させない。韓国の映画人たちは、節度のなんたるかをちゃんと理解しているのな。
 他にも高円寺の居酒屋や中野のコインロッカーなど、これ見よがしな日本ではなく、普段着の日本の風景が好感。日常的な雑観がファン・ジョンミンの存在をリアルにし、抑えた演技を際立たせている。日本語を話すファン・ジョンミンのチャーミングなこと。クソかわいい。
 海外を舞台にした韓国映画はいくつかあるけど、どこか無理のある、海外でロケすることが目的になっちゃってる作品が多かった。だが、本作にはそんな違和感が微塵もない。ジョン・ウィックで見たような不思議な日本料理屋など出てこないのだ。ついに韓国映画はここまできたかと、またも嬉しい驚きと惨めな敗北感(邦画の情けない現状を思うと)を味わったよ。
 おそらくそのリアリティとは対極って意味でイ・ジョンジェのあの演技だと思うんだけど、あれはちょっとやり過ぎだったかも。在日韓国人にしては日本語がたどたどしいのは目をつむるとしても、エキセントリックさが作品のリアリティを損ねかねないほどマンガ的だった。モンクがあるとしたらここだけ。
 唇を震わせるファン・ジョンミンの泣きの演技もみられたし、韓国語を口走る豊原功補の渾身の演技も見届けた(日本のドラマで見る彼よりずっといい演技!)。
 チェイサーの胸糞をちょっと期待してて、そこは裏切られて少し悔しいが、パッケージとしてのクオリティは申し分なく、満足できる新春バイオレンス映画だった。

 シネマート新宿は座席の傾斜がゆるくて、前に座高の高い人が座るとアウト。今回はそのパターンだったんで字幕が見にくくて結構ストレスがあった。古い劇場だから仕方ないんだけどさ。
なべ

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