露木薫

ケースのためにできることの露木薫のレビュー・感想・評価

ケースのためにできること(2014年製作の映画)
4.5
EU Film Days 2020 オランダから出品のドキュメンタリー映画。今年は青山シアターで6/25まで配信。

青山シアター公式サイトのモニーク・ノルテ監督のメッセージ動画をご覧になってから鑑賞すると良いかもしれません。
https://aoyama-theater.jp/pg/4312

 ナレーションを排し、極力特定の方向へと観客を誘導するのを避けて作られていて、真摯なドキュメンタリーだと感じました。たとえば障害者の不遇に負けない強さへの感動を覚えさせようとしたり、家族の絆を美しい演出と共に描いたり、何か彼らの抱える困難を解消するような社会運動や行政改革を促したり...というような目的が感じられなかったのです。
 そのためもあり、観ている最中も観た後も、とても様々なことを自然と考えさせられます。考えている内に、自分の知識の浅はかさや、福祉の難しさ、人間の本当の幸せとは何か、直ぐに出した答が果たして良いものなのか、家族介護に伴う犠牲のこと、周囲に表していないだけで内心では一般の大人の責任や幸福を味わえないことへ本人が引け目を感じていること、包摂的な社会とはどのようなものなのか...などが、自分の想像も及んでいないし知識も全く足りない領域のことなのだ、と気付かされました。障害者の姿を描く映画は数多ありますが、感動することも大事だと思うのですが、感動として消費するに留めておいて良いことではないのだな、と思いました。
 もちろん、映画作品である以上、被写体がカメラを意識せず日常を営むのは困難だし、ドキュメンタリーにもストーリーラインに沿ってモンタージュが為されていることは周知の事実としても。

 自閉症を持ち生まれ生きる息子を、心身を尽くして愛し守り支え続けて来た母親。父親は、お金を稼ぐため懸命に働くが、何でも息子が最優先の生活で、妻を取られてしまったような複雑な思いを抱えながらも、困難な人生を背負った息子に幸せを感じさせてやりたいと願い、忍耐強く思慮深く妻子を支える。己の全てを理解してくれる母と比べて時に理解の足りない父のことを詰りながらも、自分の為を第一に考えてくれる両親を信頼し、生まれ持った障害に悩まされながらも地道に得意な領域の能力を伸ばして自分なりの生活を営むケースさん。
 ケースさんは44歳。高齢になったご両親の人生のタイムリミットが遠い将来のことではなくなり、家族は両親亡き後のケースさんの生活について本人も交えて話し合い、計画を練り、少しずつ行動して行く。
 ケースさんには自閉症に由来する独自の強い拘りが幾つもあり、少しでもその拘りから外れたことが発生すると強い不安や憤りを覚え、自分のそうした感情と向き合い制御することが難しい。ご本人もそのことを自覚し、思い通りにならない周りやすぐに不快感を覚えて気分の変わってしまう自分に対して強い口調で叱責しながら、苦しんでいる。両親は彼に合わせて、ハンディキャップを背負って生きることに苦労している息子がせめて幸せでいられるようにと、自閉症について勉強し、彼特有の拘りを叶え、自尊心を保って暮らせるように配慮して来た。しかし、両親の死後、社会の中で他の人が彼だけの為にそこまでのケアをすることは困難だ。そこで、お父様が自閉症の方の共有生活拠点を築く計画を発案する。ケースさんは、この計画は素晴らしいものだと思い、それが理想の形で実現した将来を夢見て、積極的に関わる。しかし、お金、法律、行政なども関わる、様々な問題が顕在化して来る。

 彼らはそれぞれの立場で、また家族という組織として、それぞれの悩みを抱えながらも愛し合い共に生きて来た。しかし、いつ突然訪れるかわからぬ別れを見据え、今までのやり方に安住する訳には行かなくなる予感を、ケースさんご自身も、お母様もお父様も、それぞれに抱き、複雑な胸の内をカメラと撮影者と監督にだけ打ち明け、家族同士でいるときは今が壊れず円満であるように努めて振る舞っていらっしゃる...。

 何らかの介護を必要とする方ご本人の気持ちと人生、また介護者かつ家族ーつまり職業介護者でなく人生を捧げて介護に取り組む家族の気持ちと人生、人間として社会で生きること、愛するということ、それから....



 私は、時間の都合上今回の本映画祭では全作品を観られないかもしれないので、よく自分の心と向き合い、まず観たいものを考えました。その結果、難民問題や親子関係などを若い女性を主人公に据えて描いたギリシャの『メルテムー夏の嵐ー』を最初に観て、次はこの作品を観ることに決めました。
 今回この作品に出会い、こちらのご家族を知ることができ、良かったと思っています。それは、感動させてくれたからとか、勉強になったからとか、そのような理由からではありません。
 このようにして生きておられる方々がいらっしゃるということを、ただ少しでも知ることができたことが、生きることについて様々なことを私に考えさせ、思い出させてくれました。
 それは、評価や提案をすることなくひたすらに彼らの人生を聞く謙虚さの大切さと、仕事や住まいを諦めて家族の介護をした時の自分についての反省や回顧、またケースさんと自分の重なるところが沢山あること、そして、国は異なりますが社会で労働力を提供せずに生きることへの冷たい眼差しをかつて自分が持っていたことへの気付きーそしてそれが他者や自己を傷つけていたかもしれないことなど、他にも本当に色々なことでした。
 ケースさんと御一家は、今どうしておられるのでしょう。
 本作を観て考えたことを、改めて色々と考えています。まだ文章にはなかなかできませんが、日常を営みながら考えて行きたいと思います。

よく気持ちを整理して、後日また感想を綴れればと思います。
露木薫

露木薫