chiakihayashi

スザンヌ、16歳のchiakihayashiのネタバレレビュー・内容・結末

スザンヌ、16歳(2020年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

@試写
 エンディング・クレジットを見て、そうか! 主演の女優さんが脚本・監督だったんだと知ったときの嬉しい驚き! 16歳の初恋を文字通り女の子の目線で撮って、どんな紋切り型にも陥らず、恋愛映画と呼ばれるジャンルを刷新している! 純で微笑ましくて、しかもシッカリしてる! 遂にこんな作品が現れたのだ!

 15歳、彼女が高校入学前の夏に書いた脚本なのだという。「私は恋愛にとても興味があって、恋してみたいと強く願っていました。・・・まだ経験したことのない恋愛感情というものに好奇心でいっぱいでした。それで少しずつ自分が経験してみたいラブストーリーを書き出しました。同じ年の子たちとはあまり合わなくて退屈していたので、自然に年上の男性との恋愛が思い浮かびました。かつて思春期に私と同じような気持ちを抱いていた大人の男性です」(プレス資料より)。

 ヒロインは同級生たちから浮いているというほどではないのだけれど、周りに溶け込めないままに自分自身を世界を、居場所を、探し求めている。そんな夏の日に街で見かけた、どことなく憂い顔の大人の男性。街の劇場にかかっている芝居に出演中の俳優で、同じ演目を演じる日々にいささか倦んでいた。ふと目線が出会い、「ライターある?」なんて言葉を一言二言交わし、ある日、翌朝のカフェで朝食を一緒にとることに。傍目にはちょっぴりじれったいほどのこのヒロインの初々しさを、さてどう言葉にすればいいものか。そのカフェで彼が好きなヴイヴァルディを聴かせてくれて・・・・・・。

 彼は35歳。20歳近くも年下の彼女を自然にあるがままに尊重している彼の非マッチョさ! ヒロインに対する優しさは彼自身が人生に真摯に、かつ謙虚に向き合っているからだろう。
 演じているのはアルノー・ヴァロワ。監督いわく「私が一番恐れていたのは、私が幻想で作ったこの男性を演じる俳優を探しだすことでした。ぜったいに見つからないと思っていたんです(笑)。そしてある日、劇場公開からだいぶ遅れて『BPM ビート・パー・ミニット』を見たんです・・・アルノーは私が想定してて探していた俳優とはまるで似ていませんが、すぐに彼だと思ったのです」。『BPM』('18年、ロバン・カンピヨ監督)は90年代のエイズ・アクティビズムを描いた作品で、エイズに罹っている主人公と恋に落ち、彼を看取る役柄を演じていたのがアルノー・ヴァロワ。その「セックス・シーンのリアリティと厳粛な美しさには静かな衝撃を受けた」と書いた私は、監督の選択眼に大いに納得。

 監督の両親(後に離婚)はどちらもよく知られた映画俳優。母はサンドリーヌ・キベルラン。私に印象的だったのは『ヴィオレット』(’15年、マルタン・プロヴォ監督)でのボーヴォワール役。父はヴァンサン・ランドン。彫刻家のロダンを演じたり、女性監督の作品ではフロイトの先達であるシャルコーに扮したり(’12年、アリス・ウィノクール監督『博士と私の危険な関係』:トンデモな邦題だが、〝ヒステリー〟治療を女性の視点で語り直した意欲作)という大物だが、『ティエリー・トグルドーの憂鬱』(’16年、ステファヌ・ブリゼ監督)という大変な秀作をこの「勝手にフェミニズム批評」でも紹介している。

 そして、イマドキの映画には珍しく、この作品でのヒロインと両親の関係はとてもいいのだ。「パパは女の子のスカート姿とパンツ姿のどっちが好き?」と聞かれたりして、「おい、あの子はこのごろちょっとヘンだぞ」と言う父親(笑)。ヒロインは最後に自ら恋に終止符を打って、母親の肩で泣くのだけれど、母親は驚いて問い質したりなぞ一切しない。大人がちゃんとオトナな環境なんだなぁ。ちなみに母親役はアカデミー・フランセーズのメンバーで勲章も受けているベテラン女優さん。

 スザンヌ・ランドンは19歳でこの作品を撮った。ずっと映画に出たいと思っていたけれど、両親が業界の有名人であるだけに、「映画に出演し、それが正当なことだと感じるためには自分で脚本を書かなければいけないと思ったんです」と語っている。この健全さ、賢さ! インタビュー動画を見ても実に伸びやかだ。 






 

 


勝手にフェミニズム批評   by Chiaki
〝亡国〟の夏に敗けない1本
★スザンヌ・ランドン脚本・監督・主演『スザンヌ、16歳』@8月21日よりユーロスペース他
 エンディング・クレジットを見て、そうか! 主演の女優さんが脚本・監督だったんだと知ったときの嬉しい驚き! 16歳の初恋を文字通り女の子の目線で撮って、どんな紋切り型にも陥らず、恋愛映画と呼ばれるジャンルを刷新している! 純で微笑ましくて、しかもシッカリしてる! 遂にこんな作品が現れたのだ!

 15歳、彼女が高校入学前の夏に書いた脚本なのだという。「私は恋愛にとても興味があって、恋してみたいと強く願っていました。・・・まだ経験したことのない恋愛感情というものに好奇心でいっぱいでした。それで少しずつ自分が経験してみたいラブストーリーを書き出しました。同じ年の子たちとはあまり合わなくて退屈していたので、自然に年上の男性との恋愛が思い浮かびました。かつて思春期に私と同じような気持ちを抱いていた大人の男性です」(プレス資料より)。

 ヒロインは同級生たちから浮いているというほどではないのだけれど、周りに溶け込めないままに自分自身を世界を、居場所を、探し求めている。そんな夏の日に街で見かけた、どことなく憂い顔の大人の男性。街の劇場にかかっている芝居に出演中の俳優で、同じ演目を演じる日々にいささか倦んでいた。ふと目線が出会い、「ライターある?」なんて言葉を一言二言交わし、ある日、翌朝のカフェで朝食を一緒にとることに。傍目にはちょっぴりじれったいほどのこのヒロインの初々しさを、さてどう言葉にすればいいものか。そのカフェで彼が好きなヴイヴァルディを聴かせてくれて・・・・・・。

 彼は35歳。20歳近くも年下の彼女を自然にあるがままに尊重している彼の非マッチョさ! ヒロインに対する優しさは彼自身が人生に真摯に、かつ謙虚に向き合っているからだろう。演じているのはアルノー・ヴァロワ。監督いわく「私が一番恐れていたのは、私が幻想で作ったこの男性を演じる俳優を探しだすことでした。ぜったいに見つからないと思っていたんです(笑)。そしてある日、劇場公開からだいぶ遅れて『BPM ビート・パー・ミニット』を見たんです・・・アルノーは私が想定してて探していた俳優とはまるで似ていませんが、すぐに彼だと思ったのです」。『BPM』は90年代のエイズ・アクティビズムを描いた作品で、エイズに罹っている主人公と恋に落ち、彼を看取る役柄を演じていたのがアルノー・ヴァロワ。’18年にこの「勝手にフェミニズム批評」ではその「セックス・シーンのリアリティと厳粛な美しさには静かな衝撃を受けた」と書いた私は、監督の選択眼に大いに納得。

 監督の両親(後に離婚)はどちらもよく知られた映画俳優。母はサンドリーヌ・キベルラン。私に印象的だったのは『ヴィオレット』(’15年、マルタン・プロヴォ監督)でのボーヴォワール役。父はヴァンサン・ランドン。彫刻家のロダンを演じたり、女性監督の作品ではフロイトの先達であるシャルコーに扮したり(’12年、アリス・ウィノクール監督『博士と私の危険な関係』:トンデモな邦題だが、〝ヒステリー〟治療を女性の視点で語り直した意欲作)という大物だが、『ティエリー・トグルドーの憂鬱』(’16年、ステファヌ・ブリゼ監督)という大変な秀作をこの「勝手にフェミニズム批評」でも紹介している。
 そして、イマドキの映画には珍しく、この作品でのヒロインと両親の関係はとてもいいのだ。「パパは女の子のスカート姿とパンツ姿のどっちが好き?」と聞かれたりして、「おい、あの子はこのごろちょっとヘンだぞ」と言う父親(笑)。ヒロインは最後に自ら恋に終止符を打って、母親の肩で泣くのだけれど、母親は驚いて問い質したりなぞ一切しない。大人がちゃんとオトナな環境なんだなぁ。ちなみに母親役はアカデミー・フランセーズのメンバーで勲章も受けているベテラン女優さん。

 スザンヌ・ランドンは19歳でこの作品を撮った。ずっと映画に出たいと思っていたけれど、両親が業界の有名人であるだけに、「映画に出演し、それが正当なことだと感じるためには自分で脚本を書かなければいけないと思ったんです」と語っている。この健全さ、賢さ! インタビュー動画を見ても実に伸びやかだ。