ながみ

Summer of 85のながみのネタバレレビュー・内容・結末

Summer of 85(2020年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

なんとなく雰囲気の似ている作品として「君の名前で僕を呼んで」が挙げられているのを見たことがあるが、今作は明らかに似て非なるものだった。
前者に比べ、これは明らかに激情的で文学的な作品だ。文学的といっても、実際に彼が語るのは「物語」だからそのものと言ってもいいだろう。

とにかく、親切な作品だな、と最後には思った。エンドロールを眺めていると、歌詞がダヴィドの心のうちを歌っていると気付く。明確に答えをくれているのだ。本当は、彼がどう思っていたのか。
あくまでアレックスの視点の物語だからこそ、理解されることのないダヴィド。彼も理解されることを望まなかったが、観客にだけは「答え」を提示してくれる。
最後に、新しい物語を書き始めたアレックスを見た私には、その答えが救いのようにも、呪いのようにも感じられた。
彼は確かにアレックスのことを大事に思っていた。それでも抗えない彼の中の衝動が、あんなふうに言わせた。でも、なんで今更。アレックスが歩き始めたあとに、そんなことを教えてくれてしまうのだろう。
前に進むことを教えてくれる映画だったと同時に、どこか爽やかなだけではなく後ろ髪を引かれるような、でもそれすら抱えて生きていくのが人生だと言われたような。
快とも不快ともつかない濁った感覚が、心地よくエンドロールを支配していた。

若者たちの、孤独を超えていくすべを見つけるような話だった。孤独を埋める存在を探し、でもそんな穴は埋まることはない。他人によってなくすことはできない。人と人は分かり合えず、理解し合うことはできない。理想ばかりを抱いてしまい、傷つける。
心の溝は埋まることはない。その結果起こってしまった、起こしてしまった出来事のすべてを、抱えていくしかないのだ。

最初にダヴィドが死体になることや、アレックスが何かをやらかしたことが明言される。だからこそ、私達はわかりきった終わりに向かって進んでいく物語を見つめることしかできない。彼らがどんなに幸せそうでも、私達は破滅を知っている。80年代の明るい色彩の中、私達の心にずんと常にのしかかる「破滅の予感」という事実が、この映画に重しを与えている。

アレックスの若くて愚かしい美しさ、ダヴィドの誰もが好きになるような優しさや明るさに見え隠れする不安定さ。「この役者でなくては演じられなかっただろう」というハマり役。
あとケイトがめちゃくちゃ可愛かった。

胸が痛くなるような、ありふれていた別れの苦しみ。個人的に一番涙が零れそうになったのは浜辺でケイトとアレックスが語り合うシーンだった。破滅のきっかけであり、同じ思い出を共有できるただ一人の人間。

アレックスが度々、何かをするたびにじっと覚悟を決める顔をするのがわかった。彼と同じように、私も覚悟を決めた。これから与えられる物語のすべてを。そのおかげで、確かな心持ちで受け止められたと思う。

私も死んだときに、誰か、墓の上で踊ってくれるだろうか。
死ぬまでにそんな人が一人いればいいのにな、と思った。