るるびっち

スパイの妻のるるびっちのレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
3.3
タイトルから、妻がスパイなのだと勘違いした。
スパイである男の、妻ということらしい。
しかし、実は妻もスパイだったということは考えうる。
憲兵の東出と不倫関係で、挙動不審な夫のことをスパイしていた。
そうした裏を予測しがちなのは、黒沢映画だから。

実際には憲兵・戦争・夫が入手した国家機密、妻にとってはどうでも良いことらしい。
妻は夫がこちらを向きさえすれば良いのだ。
夫が満州で女と居たこと。国家機密より、夫がその件で他の女を必要としたことの方が妻にとっては重大なのだ。
だから女の死にも甥っ子の拷問にも冷淡だ。興味がない。
関心あるのは、夫が自分を見ているか否かである。

夫が国の秘密を握っていると知った時、妻も夫の秘密を握ることになる。妻は初めて夫と対等の立場になる。
夫婦の対決が始まる。チェスの試合のように、愛と裏切りを掛けた頭脳戦だ。
重大な国家機密を厳しい憲兵の迫害を振り切って追及した正義の戦いに見せて、実際には互いを出し抜く夫婦のマウント遊戯。

夫を愛しているが故に振向かせたいが、彼を信じれば裏切られる。
夫婦間の駆け引きのアイテムとして使われる国家機密と戦争。
大変ふざけた非国民夫婦である(笑)。
君たちの愛情ごっこの為に、国家や戦争はあるのではない。
ある種のセカイ系。
夫婦の戯れ事に戦争を利用する、という形の反戦映画。

映画内映画として、山中貞雄の『河内山宗俊』が映る。
原節子を巡り、二人の男が男気を見せる話である。
丁度、本作の三人の登場人物に当てはまる。

一番身近な人間がもっとも得体が知れないという、黒沢清的なテーマは混在しているが、いつもの不穏げさが希薄。
それに騙す相手が国ではなく妻ということで、カタルシスも薄い。
一方で黒沢的な妻や夫の不気味さが光るかと言えば、
「私は一切狂っていません。それは狂ってるということなのです、この国では」
の名台詞が映える程の不気味さは無い。
黒沢の代表作として、本作を人に勧めるだろうか?
ちょっと薄味である。
これがヴェネチアではチトさびしい。
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