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スパイの妻のohassyのレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
3.5
映画「スパイの妻」

これは黒沢清映画ではあるけれど、これまでの独特で粘り気のある映画的な表現というよは、パキッとした舞台劇に近い印象を受けた。
限られた登場人物がひととこに留まって長ゼリフの長回し、演技と話の展開で見せていく作品だ。
題材や、レトロなセットや衣装もそう思わせる一因かもしれない。

高橋一生も蒼井優もしっかりと良かったけれど、誰もが強烈に印象に残す蒼井優のあのひとことは、ちょっと後世に残るかもしれない。
まるで松本清順の映画を観ているようだった。
あのシーンも舞台じみていると言えばそうだけれど、これからの人生でチャンスがあったら真似せずにはいられない。

東出昌大の不吉さもまた良かった。
彼の演技はなんだか作り物めいているというか不自然な印象なのだけれど、関ヶ原の小早川秀秋役に続き良かった。
作られたルールや正義が横行する時代の組織に自分の形を歪めてフィットさせたような、疫病神というか死神のような役どころで、彼が登場すると悪いことが起こる不吉さ、異物感がよくマッチしていた。
そういえばクリーピーにも出てたけど、あの時も取り憑かれたような不吉さと倦怠感が良い味だったかもしれない。

ところで本作は、ミステリーだと思ったら夫婦あるいは男女の話になり、かと思えばまたミステリーになり、2つのジャンルを行ったり来たりと軸の揺れが特徴的だった。
それが狙いなのかそうではないのかは分からないけれど、黒沢清に監督を引き受けようと思わせた若い2人の脚本によるところなのは確かだ。
きっと狙いとしてシナリオを構成していると思うけれど、個人的には作り手の「若さ」を感じる映画だったので、かなり考えられているなと思いながらもブレるだけでないより大きな軸が描ければもっと…、などと年寄りじみたことを思ったりもした。

とはいえ総じて若い才能が、過去の日本軍の非道をさらけ出しながらミステリーと夫婦愛をスリリングに描き、ベテラン監督がしっかりと撮る。
野心的であり安定感もある良作である。

ところで蒼井優演じる聡子は、男に対しての手練手管が相当あるように見える。
互いの適正な距離を軽やかに超えて男の懐にスッと入り込み、仔犬のように見上げる。
あの一連の動作は熟練の技だ。
東出演じる津森にウイスキーを勧めたあのシーン、あのあと彼女はしっかり不倫をしていると僕は踏んでいるのだけれど、他の人たちはどう理解しだだろう。
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