薔薇

スパイの妻の薔薇のレビュー・感想・評価

スパイの妻(2020年製作の映画)
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黒沢清監督。
1937年の日本で正義に奮闘する夫婦を描く。

今の数少ない日本の巨匠、黒沢清といえば個人的には『学校の怪談』の花子さんの話。虚構と現実の配分が天才的に上手い監督。

黒沢清監督にしては珍しい、政治スパイ・サスペンスな今作はまさに虚構が現実を覆っていくような作品になっている。

特筆するのが蒼井優演じる、聡子。高橋一生演じる優作のスパイ活動に勘付き、安全を取ろうとする前半の彼女は、まさに守られる存在としての前衛的な日本女性役。しかし、途中から打って変わって主人公になっていく。まるで、”スパイ映画”という虚構が現実になるように。この展開部分が最高。

映画内映画というメタフィクションを前半にいくつも配置したり、聡子がそれに出演していたりと、虚構と現実をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような映画。さらには、戦争下というまさに虚構に1番近い混乱の時代が舞台なのも狙っているとしか思えない。

劇中に1937年公開の山中貞雄監督『河内山宗俊』を夫婦で見るシーンがある。無理矢理感(1940年が舞台なので)はあるが、『河内山宗俊』といえばすれ違い劇の傑作でスパイ映画としての要素もあるのでクスッとした。

前半のあっさりすぎるだろ!と思うくらいのNHK映像が突如黒沢清のホラー演出に侵略されていくのがほんと面白かった。ラストを文字だけで語り、夫婦の虚構の物語の行く末を観客側に委ね余韻を残すのもとても良い。

蒼井優は今間違いなく日本一の女優なのを実感できる映画でもある。そして東出昌大の無機質な恐ろしさと黒沢清の演出のマッチ具合は凄まじい。高橋一生の二枚目な感じも虚構をテーマにしている映画にふさわしい。

濱口竜介が脚本に参加しているのがあまりにも分かりすぎる黒沢清の傑作だった。
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