のほほんさん

ウルフ・アワーののほほんさんのレビュー・感想・評価

ウルフ・アワー(2019年製作の映画)
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ドラマという言葉と娯楽という言葉は少しイメージが異なる。
しかし、本作のような「主人公が底辺から再生する話」をハリウッドの王道的に作れば、そこにはカタルシスや感動が生まれ、そしてそれは娯楽性を帯びるのではなかろうか。

翻って本作は、その娯楽性が全くない。
ハリウッドを代表する実力と美貌の持ち主であるナオミ・ワッツさんをもってして、その娯楽性が恐らく意図的に剥ぎ取られている。

だから、本作は楽しくない。
しかし、娯楽性のない主人公の再生物語は非常にユニークだし、中々他に例を見ない。


終始やさぐれた主人公のジューンは、白人女性が一人で住むには危険すぎるスラム街の真ん中のアパートに引きこもっている。
物理的に出ない方が良さそうであり、そして彼女の過去のせいで、彼女は精神的に部屋から出る事が出来ないという二重構造。


そんな彼女の元を訪れる人々は、スラム街の青年だったりセクハラ警官(かつて彼女が著書で喝破した父権社会の象徴みたいな存在)だったり、さらにはジューンが呼び寄せた男娼だったり。


精神を病み底辺をもがき続けているジューンの再生は、そんな連中との関わりから生まれたりする。傍から見れば前向きな様相には見えない彼らとの関わりだが、結果的にそれがジューンを前に進めたりするのだ。再生は必ずしもドラマチックでも美しくもない。


そして再生の象徴となるのは、家から出ることが出来ないジューンがついに外に出ること。そこで彼女が目にする朝日は確かに美しいが、その時街は停電後に起きた略奪の最中。
さらに、外に出る引き金となったのは宅配ボーイのフレディ君が襲われているのを見たからだけど、果たしてそれはフレディを案じたからか、それともフレディが持っているであろう小切手を案じたからか?案外後者な気もする。

そう考えると、再生する人もまた美しいわけではない(容姿の事ではない)。


ほぼ全編ナオミ・ワッツさんの一人舞台。
かつて反戦活動家として息巻いていた人間が落ちぶれやさぐれた様子。
そのやさぐれっぷりが、実はそんなに深くなくて酔っ払いの気が大きくなった程度の様にも見える絶妙さ。
何歳の設定なのかわからんけど、まるで思春期の少女のようにも見える不安定さ。


思えば「楽しくない」本作は、そんな名優の演技によって推進力を得ていたのだと分かった。