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マイ・バッハ 不屈のピアニストのumisodachiのレビュー・感想・評価

3.8
実在するブラジル出身の天才ピアニストであるジョアン・カルロス・マルティンスの人生を描いた作品。実在するっていうか、まだ生きてらっしゃるか。

幼い頃からピアノの才能を発揮したジョアンは良い先生にも恵まれ、20歳でカーネギーホールデビューを果たして世界に衝撃を与える。アメリカに拠点を移して大活躍を続けたが、あるとき事故により右手の指が動かせなくなってしまう。それでも必死のリハビリによってピアニストとして再起したジョアンだったが、その後も不幸な出来事に見舞われて……。

なんといってもジョアン・カルロス・マルティンス本人の演奏音源を使っているということで、音楽が圧巻!!夥しい数のバッハの曲はもちろん、他の作曲家の作品もたんまり出てくるし、バーンスタインやキース・エマーソンといった音楽家たちがキャラとして登場するのも楽しい。ストーリーを差し置いても、音楽の為だけに映画館で観ることをオススメしたい作品だった。

予告を観た段階では不慮の事故や病気で指が動かなくなったのかな?と思っていたのだが、映画をみてびっくり。ジョアンさんは真性のアホだった……1度だけでなく何度もバカをやらかして、その度にピアニスト人生の危機に陥るというウッカリさん。でもなんか憎めないんだよね。自分のせいだとわかっているからか自暴自棄になったりしないし、不屈のガッツで乗り越えていく強さがある。しかも使命感に駆られてといった高尚な感じじゃなくて、「弾きたいからやるしかないじゃん」みたいな軽やかさがあるのだ。

とはいえ、彼の人生がかなりハードモードだったことは確か。自業自得とはいえよくもまあ何度も復活したと思うし、映画の作りの問題なのか彼自身がそういう人なのかはわからないが、自分の欲のためというよりは「音楽を世界に届けるため」に生きているような印象を持った。この人はシンプルに世界を良くしたいんだな、というか。だからジョアンはあまり迷わない。1回自らの意志で引退したときは迷ったようだったが、その間もやはり文化支援事業をしていたみたいだし、意識的か無意識的かはともかく「世界に貢献する」というスタンスで生きているのではないだろうか。

だとすると、小さい時から音楽の才能を見出されて、親もそのことを決して否定せず応援し、良い教師に恵まれて教師たちもジョアンのために全力を尽くし……という環境はとても大きかったと思う。ジョアンには卑屈なところが全然ないのだ。自分の才能を疑う瞬間もなかった。自己肯定感の塊のような人間で、心底凹んだのは敢えていえば家庭が上手くいかなかった時くらい。世界に、いや神に選ばれた人間だとナチュラルに思っていないとこんな人生は送れないのではないかしら。

カーネギーホールデビューまでのキャラクターがその後全然出てこなかったり、時間の飛び方がやや雑だったりと何となく粗さを感じる映画でもあったのだが、所々にキラッと光るセリフやシーンがあってまったく飽きなかった。具体的には、先生がジョアンに言う「君だけの静寂を奏でろ」と言うセリフや、マンションの窓を開け放してピアノの練習をするシーンが気に入った。

そして繰り返しになるが演奏ね!こんなに耳に心地良い贅沢な映画もなかなかない。クラシック音楽好きな方は今すぐ映画館にGO!!

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