幽斎

AVA/エヴァの幽斎のレビュー・感想・評価

AVA/エヴァ(2020年製作の映画)
3.8
Tジョイ京都で友人が「チケットが買えない」と言うので、Jessica Chastain、人気有るなと思ったら「エヴァ」はAvaでも「シン・エヴァンゲリオン」。しかも劇場は私が絶対見ない「名探偵コナン 緋色の弾丸」で埋め尽くされ、一日2回上映。予告編(US版と仕様違い)と本編が乖離してる事を先ず以って忠告したい。

アクション映画にもジェンダーの波が押し寄せ、女暗殺者が雨後の竹の子。それは結構だがタイトルが「EMMA/エマ」とか「ANNA/アナ」とか、原題がそうなので逆に邦題側で工夫しろよと配給元クロックワークスに電凸したくなる。ジャンルの先駆けと言えば古典「ニキータ」をモダナイズしたCharlize Theron「アトミック・ブロンド」だが、Theronは主演するグラフィックノベルをキープしたが、ある作品を観てDavid Leitch監督に「貴方に任せたいわ」と直電した。最近のスパイ(暗殺者)映画が過度にアグレッシブな理由は「ジョン・ウィック」に有る。

Theron姉貴が創るなら私も、と言う訳では無かろうが本作はJessica Chastain持ち込み企画。オスカーに最も近い女優だが、彼女のバックグラウンドは意外と暗い。番宣でトーク・ライヴに出演した際も、自身の過去を語る事は無い。生まれた時は母親が18歳とか、妹は薬物中毒で自殺したとか、父親の性的DVで縁が切れてるとか、女優に成る前から苦労が絶えない。ファッションブランド「Moncler」取締役と結婚したセレブだが、私には彼女が演じる役が全て苦労人に見える。本作も白人で美人で仕事の出来る「勝ち組」を否定する所から始まる。

彼女ほどの女優なら監督や脚本家は思いの儘に見える。2017年カンヌ映画祭で審査員として招かれた時、女性の描かれ方に失望とコメントした件で、それが某ハリウッド作品だった為、理不尽だが一部から腫れモノ扱い。監督を誰も引き受けない所に「クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア」出演歴の有るMatthew Newtonの脚本を気に入り任せた。しかし、女優ブルック・サッチェル(ラルフローレンのハンドバッグではない)への暴力で訴追され、カンヌのコメントがブーメランで返ってしまう。MeToo運動の擁護者がDV監督の作品に出る事は有り得ず、降板するか作品を断念するかの瀬戸際に立たされる。

請け負ったボルテージ・ピクチャーズは、彼女を全面的に擁護する決心を固め、監督をハリウッドで極めて好感度の高いTate Taylorにスイッチ。彼は「ヘルプ~心がつなぐストーリー」レビュー済「ガール・オン・ザ・トレイン」「マー サイコパスの狂気の地下室」など、多彩な才能を持つ。彼の起用で騒動は収束し、キャストもChastainを慕ってColin Farrell、Common、John Malkovichと大作並みのスターが揃う、極め付きはレジェンドGeena Davis、65歳。長編映画には随分と久し振りの出演だが、Chastainの才能を認める彼女は「色々有ったらしいわね」と出演を快諾。

騒動の主Newtonは脚本としてクレジットに名が残った。それは製作途中の裁判で彼に双極性障害(躁うつ病)の診断が下された。これでメディアは彼を叩く術を失うが、同時に本作にも暗い影を落とす。ご覧頂ければ分るが前半は、主人公エヴァがChastain本人を投影したキャラで、端麗なルックスでアクションも切れ味鋭い。いい展開が続く中で、後半で急に脚本が失速する。ラストのサイモンの娘も、観客は肩透かしを喰らい、組織の背景も説明不足などプロット破綻が随所に見え隠れする。才人Tate Taylor監督でも、製作のゴタゴタを時間内に修復するのは難しいと見える。スタイリッシュを売りにしてないので、どうしても顧客満足度は低い。

アクション映画に詳しい友人に依れば、本作は「新橋系」と言うらしい。東京新橋駅のガード沿いに有る「新橋文化劇場」アクション映画の番線落ちと、にっかつロマンポルノを上映。行った事が無いので分らないが、京都の祇園会館的な映画館かと思う。始めからハードルが下がって100点満点では無く半分で良いなら、本作は満点と言える。暗殺者がワーク・ライフ・バランスを考えたり、スキルは高いのに相手は小物ばかりでストレス溜まる。人殺しなのに自分の家族関係で悩んだりと、孤独な人間へのメンタルケアをテーマに散りばめる。何となくChastainがNewton原案に拘った理由が、分らなくも無い。

良かったのはレビュー済「ハッピー・デス・デイ」Bear McCrearyの音楽。Jessica Chastainをイメージした、クール・ビヴァレンスが魅力的。劇伴がキャラと合って無いが"笑"、ロックをコンポジットしたデジタル・ビートが心地よく、思わずO.S.Tも購入。
https://www.amazon.co.jp/Ava-Original-Motion-Picture-Soundtrack/dp/B08P7X4NQX

色んな意味でJessica Chastainを投影した作品。彼女に幸あれと願わずには居られない。


【ネタバレ】作品情報を補完します、必ず鑑賞後にご覧下さい【閲覧注意!】

タイトルは当初「Eve」だったが、迂闊な事に撮影中に同名の作品が有る事が分り、更に「EVA」も有る事から「Ava」に改変。発音は全てエヴァなので、撮り直しの大惨事は免れた。これ1つ取っても現場の混乱振りが分る。続編の予定は無いとChastainが明言してるが、Tate Taylor監督次第と含みを持たせてる。組織は実在するアメリカ陸軍特殊部隊(グリーンベレー)隠密チーム、通称「ロングヘア」国防総省の直接指揮下に有る。原案の後半の展開は娘カミーユが組織の承諾を得ずエヴァを殺しに行くが返り討ちに遭う。エヴァ暗殺を以前のボスのデュークが組織へ内通した事で、父親のサイモンが窮地に追い詰められるが、半殺しの状態でサイモンの家族を助ける条件で、其の場で辞職してエヴァも命を取る事を思い留まる。デュークがリーダーに復職、エヴァは離職し母親とボストンで暮らす。妹の赤ちゃんを抱きながらエンディング。それを建物の陰から見つめる松葉杖のサイモン・・・。

Matthew Newtonが描いた「個人と家族の再生」と言うテーマが、後半でゴッソリ抜け落ち、Taylor監督のヒット狙いのリベンジ物に挿げ替えられた。編集に妙な違和感を感じたが、彼のFacebookのスクリプト(ネット記事より引用)を見て納得した。身から出た錆とは言え、巧く創れば「アトミック・ブロンド」を超える傑作に成り得たコンセプション、甚だ残念。
幽斎

幽斎