じゅ

ボヤンシー 眼差しの向こうにのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

純粋に実情を訴える話として捉えるならば、最後に語られた通り、東南アジアの漁業における奴隷労働の残酷さの話。その被害者の数は20万人に上るとのこと。
あくまでそれを基にした物語として捉えるならば、人に壊された人間が人を壊す惨劇の連鎖の話と思われる。"壊す"という言葉は物理的・一意的とは限らず。Buoyancy(浮力)の意味になぞらえると、周囲を蹴落として上り詰めていく意思を得てしまった少年の話みたいなことかなあ。このタイトルの意図するところが上手く掴めていない。沈むことが死で、それにただ抗った話?


とある少年が故郷の村を抜け出して工場に出稼ぎに行くはずが、騙されて漁船で奴隷労働を強いられる。その過酷さに少年の心が壊されていく。少年は気にくわない他の奴隷や船長含む乗組員計4人を殺害し、船を降りる。

純粋に東南アジアの実情を訴える話として捉えると、少年の視点で描かれる現実が痛ましい。
冒頭では、子供を学校へ通わせられる家庭とそうでない家庭との社会的格差であったり、少年と家庭内での権力が強い兄との家庭的格差が浮き彫りになる。
船に乗ってからは、人を人とも思わない船長たちが平気で奴隷を殺す様や、奴隷にされた者たちが我先にと船長に媚びたり足を引っ張り合ったりする様が生々しく描かれる。

あくまで物語として捉えるならば、船長が次の"船長"を創り上げる話にとれて、少年の行く末が切なく感じられる。
船長は14歳で海に出てあらゆることを経験したというようなことを言っていたが、当時はまさにこの少年と同じ境遇だったのかも。大人に騙されて船に乗り、前の船長に唯一の友人を殺すのに加担させられたり、邪魔な奴隷を殺したりし、海に死体が浮いていても何とも思わない人間に創り上げられたのかも。
そう思うとおそらく少年の闇堕ち&船に残留ルートが船長といったところか。少年自身もおそらく徹底的かつ不可逆的に心をやられたから、船からせしめた金を原資に別の商売で船長みたいな存在になっていくのかも。
30-40年後にはこの少年も後釜みたいな人間を創り出して殺されるのだろうか。


映像の面では、大海原を進む漁船を引きで撮ったカットが印象的だった。
遠くの水平線は船の行く末であり、なんとなく死を連想する。そうするとちっぽけに浮かぶ船は奴隷にされた者か。その水平線まで船の行く手を阻むものは何もなく、ただ大きな力に流されていっているように見えてくる。その画は、彼らの命が、誰にも知られず、故に手を差し伸べる者もなく、ただ失われていく様を思わせる。
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