九月

ノマドランドの九月のレビュー・感想・評価

ノマドランド(2020年製作の映画)
4.8
リーマンショックによる不況の影響を受け、廃れてしまった住んでいた町からは郵便番号が抹消され、立ち退きを余儀なくされた主人公のファーン。
職も住居も失った彼女は、亡き夫との思い出を一台のキャンプカーに詰め込み、ノマド(遊牧民、放浪の民)として生きることを決め、旅立つ。

目に映る壮大な景色はどれも全て美しいのに、どこか寂しい気持ちがずっと付き纏う。
長年住み慣れたエンパイアを出て、働き口を見つけたり、手を差し伸べてくれる人もいたりするのに、何故車上生活という過酷な選択を…?と初めは思ってしまったけれど、
彼女が選んだのは、さよならのない生き方。

フランシス・マクドーマンドが演じるファーンの表情のひとつひとつが愛おしかった。

今の日本で生きる自分には考えられない生き方なのに、受け取れるものが強烈だった。もう少し若い頃の自分だったら、よく分からなかったかもしれない、なんて思ってしまったのでこのタイミングで出会えて良かった。

生きていると、喪失感に襲われることがどうしてもある。大切な人や身近な人の死。環境や状況の変化などにより、もう戻ってはこない過去の日々…
辛いことがあった時、忘れるというのもひとつの乗り越え方で、時間が解決してくれることだってある。でもそうはいかないことも多い。
何かを失った時、どんなに悲しみに打ちひしがれても、自分は生きていくしかない。この先を生きていく上で何度もぶつかるであろう、そんな複雑さとの、ひとつの向き合い方を見た気がする。

ファーンが出会うノマドの人たちの言葉が痛切で、辛かったり心に響くものがあったり、どれも印象的だったけれど、ほとんどの人が実際のノマドと知り、また唸らされる。
まだまだ知らない世界がたくさんある。
人はひとりじゃない、とも、人はひとりだ、とも思えた。

ファーンが薬指から外せない(外さない)指輪。リングは円環で、繋がっていて終わりがない。
夫と暮らした家に帰ることは必ずしも良い思い出に浸れるだけではなくて、むしろ辛い気持ちが呼び覚まされるはずなのに、窓から砂漠の見えるあの家に戻ってきたファーン。終わり方はあれ以外考えられないというくらいで、ラストシーンからのエンドロールで心が震えた。
九月

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