アイダよ、何処へ?の作品情報・感想・評価 - 2ページ目

「アイダよ、何処へ?」に投稿された感想・評価

miki

mikiの感想・評価

4.3
人間って残酷な面がしっかりあって、ハッピーエンドばかりじゃないのが現実。
その悲しくて苦しい現実から目を逸らさずに作成されていた。
観賞後はすごく後を引いてしまうし、社会はいつまでも変わらないのかと頭から離れない。
でも、だからこそ日本で普通に生きているって幸せを大切にしないといけないと思わせてくれた。
simpsons

simpsonsの感想・評価

4.6

このレビューはネタバレを含みます

凄まじい映画を観てしまった。
後で知ったけど、賞取りまくったのも納得。サラエボの花の監督やったんや!!

冒頭のシーンから漂う緊迫感。
東部ボスニアの町スレブレニツァ。
無線の声
「安全地帯ではなかったのか」
「セルビア人への空爆は必ず行われるのか」
市民を守るために必死に詰め寄る市長と、翌日は国連軍が空爆してくれるから大丈夫だとたかを括り、自分はただのピアニストだと無責任な国連軍(オランダ人部隊)の大佐。そして間で通訳するアイダ。
翌日、国連軍の空爆は無く、将軍に侵攻され、市長は一瞬で殺された。

アイダの目線からボスニア紛争(1992〜1995戦後ヨーロッパ最悪の紛争20万人の死者、200万人以上の難民)の現場がリアルに描かれていて、ドキュメンタリーみたいに臨場感があって観ているこちらもハラハラする。
アイダが家族を探しに国連施設の外へ出て高所に登った時に、画面を覆い尽くす難民の数の多さに息を飲んだ。20,000人以上のボシャニク人(イスラム教徒)
いつセルビア人勢力が来るか分からない緊迫感。こんな時、国連軍は中には入れてくれないんだ。中にいてもトイレは行けないし、食料もない過酷な状況。
教え子や隣人が敵となる現実。

アイダは国連職員通訳なので、身柄は守られる。でも家族は難民扱いされて守られない。
私もアイダの立場なら、愛する家族を守るために同じ行動を取ると思う。
守らなければ、殺されるのだ。
他の人たちは殺されるから、自分の家族も同じように殺されなければならないのか?
2人が殺されたら他の2人の市民が助かるとかそんな話しじゃないだろう。
皆んなは救えない。
このような無法地帯、混乱状況の中で、国際正義を待っていられない。頼れるものは自分だけであり、状況に甘んじて守れなければ死を意味する。後からいくら嘆いても家族は帰ってこないのだ。
実際に「必ず助かる。保証する」と発言した大佐。その直後、夫も息子たちも殺された。小学校の体育館で。誰もことの責任は取ってくれないのだ。

スレブレニツァの虐殺
1995年、8000人のボシャニク人が殺された。旧ユーゴ国際戦犯法廷でジェノサイドと認定された。
国連軍との交渉‥移送と騙した処刑‥
虐殺を隠すために遺体の隠蔽工作まで行われた。

規則だからと、夫しか助けようとしない大佐。たった2人も助けようとしない。
規則規則と言いながらも、規則を背いて武器を持った兵士を国連施設内に入れたのはなぜか。
杉原千畝の話もそうだし、ホテルルワンダもそうだし、人民の命を救うという使命の前に、どんな規則が優先されるのだろう。
現場のトップの脇の甘さに加え、国連本部から何の指示もないことに対するオランダ兵幹部の苛立ちも描かれていた。
ホテルルワンダのときも国連保護軍は本当に無力だった。
組織的な欠陥もあるけれど、何もできないから何もしない、で良いのだろうか。
オランダの裁判所はオランダ政府にも責任を認め、賠償金の支払いを命じた。この事件での対応を契機に内閣は総辞職に追い込まれたそう。オランダ国民の意識の高さがすごい。

ダンスを楽しむアイダと側で見守る夫。
ドクターに嬉しそうに息子たちの話しをするアイダの笑顔。
学校の先生に戻りたいわ。本当に楽しくて幸せだった。
望んだのはそんなささやかな日常だった。

最後、小学校へ教師として戻ったアイダの目にセルビア人武装勢力の子供が映っていた。アイダの気持ちを思うと、私はあのシーンに希望を見出せなかった。アイダの苦しみはずっと続く。傷なんて癒えない。
でも、子供たちの教育を通して社会を変えていこうというアイダの決意、覚悟は伝わってきた。やはり幼少期からの教育が肝心なのだ。

記録を残すということ
歴史専門家のアイダの夫は3年半の紛争の記録を残したい(セルビア人武装勢力にみつかると危ないからとアイダに燃やされたけど)
記録を残すという行為自体が、危険な行為なのだ。知られたくないものたちにとってはそれだけ怖い。すぐには何もできなくても、知るということだけでもパワーを持つのだ。ペンは剣よりも強し
書いてどうなるのか?何が変わるのか?
現状は変わらないのに。直視したくないのに。
裁判でもメモや日記が証拠になる。
記録には伝えることと同時に、証拠にもなる。
セルビア系の歴史教科書には虐殺の記述は一切触れられていない。
映画も記録だ。
監督が世界中の人に忘れて欲しくないこと、伝えたいことがある。
もう2度と起きてほしくないから。
人の思いやり、判断、組織の欠陥
一体どこに過ちがあり、どこをどうすれば良かったのか。

今年6月に、ハーグ国際刑事裁判所でムラディッチ将軍の終身刑が確定した。
ボスニア政府にはスレブレニツァでの虐殺をいまだに否定する右派の政治家が多いらしい。集団虐殺に当たるとしたハーグ国際刑事裁判所の判決を否定している。
セルビアでは英雄として評価されているムラディッチ将軍を演じたボリス(アイダ役ヤスナの実の夫!!)は、出演後母国では大きな政治的な圧力を受けているのだそう。
uruma

urumaの感想・評価

4.0
虐殺そのものを直接描写しなくても、前後の場面や逃げてきた人々の表情からおおよそ察することが出来てしまい、終始やるせない気持ちでいっぱいになる。
何より恐ろしいのは、これがそこまで昔の話ではないという事と今も尚同じような悲劇が繰り返されている事だと思う。
劇中で2回、人々が踊っている場面が出てきた。一見皆愉しげだけど、こちらをまっすぐ見つめてくる表情が妙な違和感を与えてくる。彼らの無言の眼差しは何を伝えたかったのか、鑑賞が終わった今も延々と考えてしまう印象的なシーンでした。
紛争地域で大人数・強力な武器・決定権を持たない国連は、交通整理しか出来ない。
多少あの状況ではワガママの様な気が。
発端は知らないが、3つの民族、3つの宗教、3つの言語で1つの国にまとまるのは奇跡。

今 親ガチャという言葉があるが、国ガチャは有ると思う。
まおう

まおうの感想・評価

4.0
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争にて実際に起きた大量虐殺事件を、国連軍の通訳として働く女性の視点で描いたアカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品。
戦争において如何に人間が無力で無責任でそして残酷かを淡々と映していき、やるせなさと虚しさで心を抉られる。
ノーマンズランド然り、目の前で起きてる虐殺や虐待をただ眺めるだけで一体何のためにいるのかわからない国連軍の無能さ、家族を守りたいがためにひた走るも事態が悪化するばかりで無力なヒロイン、まるでホロコーストの再来のようなそれが全て誇張ではなくつい最近起きた事なのだと突きつけられ、映画を見たあとしばらく立ち上がる気力を失うくらい打ちのめされた。
ラストシーンの子どもたちを見守るアイダの強張った顔はいつまでも我々に疑問を投げかける。私達に一体何ができるというのか。
ロビン

ロビンの感想・評価

3.5
1992年に始まった「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」は宗教も絡んだ複雑な歴史的悲劇と言われている。
本作は1995年7月紛争中立地帯のスレプレニツァで起こった、セルビア人勢力によるムスリム人地域住民の大量虐殺(ジェノサイド)を描いた作品であり、国連保護軍の通訳として働くアイダの目線で物語は進行する。

とにかくアイダの行為が身勝手に感じてしまい、作品にハマりきれなかった(国連の仕事をしてるから自分の家族は優遇されるべきだと思っている)。。
アイダの家族をなんとかして守ろうとする気持ちは分からないでもないし、あの状況なら必死に守ろうとするだろう。
母親であり妻なのだから。
それくらい酷い状況だと強調したいのかもしれないが、逆にそれがイライラするぐらい身勝手で自己中で自分の家族さえ助かれば良いという行為に思えてハマれなく、途中から全く同情できなくなってしまう。。
こんな風に感じるのは薄情なのかもしれないけれど。。

そして、国連などという組織がクソの役にも立たないことを鮮明に描写している。
そもそも国連の常任理事国ってなに?
第二次世界大戦の戦勝国でしょ。
なので、国連なんて第二次世界大戦の遺物でしかない。
解体して再構築するべき組織。
しかしながら、大国が小国から票を買収して組織動かすだけのことなんで何も変わらないだろうけど。。

ナチスによるユダヤ人虐殺以前からこういう虐殺行為をしてきた人類。
残虐な歴史や悲劇が今も世界中で繰り返されている。
たぶん人間の本質は変わらないから、人類が滅亡するまで繰り返され続けるんでしょうね。。。

【ネタバレ】
  ↓





作品では国連の施設から移送先の建物の中で、アイダの家族を含む村人たちが一斉射撃で殺戮されるシーン(直接的な描写は避けているけれど)があり、ジェノサイドの実態を突きつける。
アイダの自己中な行動に苛ついたとはいえ、ラスト発掘された白骨死体を前にアイダが泣き崩れる姿には息が詰まる。。
ひよし

ひよしの感想・評価

4.0
このポスターの写真の様に真っ直ぐ見つめるアイダは、力強い意思と行動を持って、家族を必死で守ろうとします。
危険を感じるからこそ余りに強引であったり、平時ではヒンシュクではと思う事でもガンガン奔走します。

アイダの役割故にその先やいく末を他の市民よりは悪い方の想像が容易に出来たやろうし、客席から突然スレブニツァに放り出された者としても終始緊張が途切れず、アイダは何処へ?と刮目せざるを得ません内容でした。

どちら側かを一方的に糾弾したり、アイダを過度な悲劇のヒロインにはめ込んだりせず、悲しみの連鎖を断ち切れるのかを、今の時代の遠い国の客席にいる自分たちに突きつけられたんで、眠気が起こる事なくエンディングを迎えました。
ausnichts

ausnichtsの感想・評価

3.0
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は「エスニック・クレンジング」という、まさしく民族を消し去ることをイメージさせる言葉が一般に流通するきっかけとなった戦争です。

その言葉の誕生にはボスニア政府と契約していたアメリカの広告代理店がセルビア側を非難するために編み出したという経緯があるにしても、この映画で描かれる「スレブレニツァの虐殺」そのものはすでに事実認定されていることです。

そのショッキングな言葉にとらわれて、ことを一方的に見誤らないようにしないといけないのですが、この映画はそのあたりをとてもいいバランスで描いています。

見るものを過剰に煽ることなく、ムラディッチを過剰に悪人に仕立てることなく、また、アイダを善人に仕立てることなく、国連を正義の主にすることなく、それでいて虐殺の残虐性、非人道性を感じさせています。

「ネタバレレビュー・あらすじ:アイダの苦しみを共有できるのなら世界は…」
https://www.movieimpressions.com/entry/aida
ボスニア紛争におけるスレブレニツァ虐殺を、国連軍の通訳をしているアイダの視点から描いた映画。

かつて東欧にあったユーゴスラビアという国は度重なる紛争の果てに散り散りに分裂してしまいましたが、正直に言ってここら辺の近現代史というか民族紛争に関しては複雑すぎて何度調べてもさっぱりわかりません。
学校ではすごい昔の歴史よりも、こういう最近の歴史をもうちょっとちゃんと教えるべきですよね。

驚くのは、この虐殺が起きてからまだ25年程度しかたっていないので、本当につい最近の出来事だということ。
だと言うのに殆どの日本人はそこまで詳しくこの虐殺については知らないんじゃないか、というのが1番の恐怖ポイントだと思います。
ユダヤ人のジェノサイドについては知らない人はいないと思いますが、平成の時代にヨーロッパでこんなジェノサイドが起こっていたなんて俄かには信じ難いですよね。

この映画、何が凄いって直接的な暴力描写や殺人描写、戦闘描写は実はほとんど出てこないんです。
にも関わらず終始凄まじい緊張感で、セルビア軍も表向きは平和的に解決するふりをして、裏で虐殺しているわけで、でもその虐殺に関しては直接は描かれないから、余計恐怖がかきたてられる。
このじわじわと追い詰められる精神がひりつく感じは「デトロイト」の描き方に似てるなと思いました。

直接的には描かれない虐殺描写には恐らくもう1つの意味があって、それはこの問題に関する国際社会の無関心さ、もしくは目を背けようとしてることを表してるのかなと思います。

つい最近も米軍がアフガニスタンから撤退しタリバンの支配下になるという歴史的事件がありましたが、そのときに空港に集まった市民の姿が、この映画の国連施設に集まる市民の姿と被りますね…。

映画を見た誰しもが思うであろう国連無能すぎ問題に通じるところがあると思いますが、ここまで弱々しく頼りにならない国連の描写は久々に見たな、という感じです。

あれは装備も貧弱で実際に戦力としても頼りなかったのかもしれませんが、おそらく虐殺の存在を認めない、認めてしまったら国連が市民を見捨てたことになってしまうから、虐殺は無かったことにしようとする、そういう描写で、それが印象的な目を見開いて真正面を見据えるアイダと、正面を向かず眼を逸らそうとする国連との対比として描かれてるのかなと思いました。

ラストの子供たちのシーンは民族共生の希望のようでもあり、この問題がまだ未解決であることを表してるようでもあり、なかなか考えさせられる映画でした。
主人公がヒーローじゃなくてちゃんと人間やってるのがいい。
国連ってなんでも出来んのかと思ってたけとそんなことないわな。そりゃそうだわな。

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