アイダよ、何処へ?の作品情報・感想・評価 - 4ページ目

「アイダよ、何処へ?」に投稿された感想・評価

ロビン

ロビンの感想・評価

3.5
1992年に始まった「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」は宗教も絡んだ複雑な歴史的悲劇と言われている。
本作は1995年7月紛争中立地帯のスレプレニツァで起こった、セルビア人勢力によるムスリム人地域住民の大量虐殺(ジェノサイド)を描いた作品であり、国連保護軍の通訳として働くアイダの目線で物語は進行する。

とにかくアイダの行為が身勝手に感じてしまい、作品にハマりきれなかった(国連の仕事をしてるから自分の家族は優遇されるべきだと思っている)。。
アイダの家族をなんとかして守ろうとする気持ちは分からないでもないし、あの状況なら必死に守ろうとするだろう。
母親であり妻なのだから。
それくらい酷い状況だと強調したいのかもしれないが、逆にそれがイライラするぐらい身勝手で自己中で自分の家族さえ助かれば良いという行為に思えてハマれなく、途中から全く同情できなくなってしまう。。
こんな風に感じるのは薄情なのかもしれないけれど。。

そして、国連などという組織がクソの役にも立たないことを鮮明に描写している。
そもそも国連の常任理事国ってなに?
第二次世界大戦の戦勝国でしょ。
なので、国連なんて第二次世界大戦の遺物でしかない。
解体して再構築するべき組織。
しかしながら、大国が小国から票を買収して組織動かすだけのことなんで何も変わらないだろうけど。。

ナチスによるユダヤ人虐殺以前からこういう虐殺行為をしてきた人類。
残虐な歴史や悲劇が今も世界中で繰り返されている。
たぶん人間の本質は変わらないから、人類が滅亡するまで繰り返され続けるんでしょうね。。。

【ネタバレ】
  ↓





作品では国連の施設から移送先の建物の中で、アイダの家族を含む村人たちが一斉射撃で殺戮されるシーン(直接的な描写は避けているけれど)があり、ジェノサイドの実態を突きつける。
アイダの自己中な行動に苛ついたとはいえ、ラスト発掘された白骨死体を前にアイダが泣き崩れる姿には息が詰まる。。
ひよし

ひよしの感想・評価

4.0
このポスターの写真の様に真っ直ぐ見つめるアイダは、力強い意思と行動を持って、家族を必死で守ろうとします。
危険を感じるからこそ余りに強引であったり、平時ではヒンシュクではと思う事でもガンガン奔走します。

アイダの役割故にその先やいく末を他の市民よりは悪い方の想像が容易に出来たやろうし、客席から突然スレブニツァに放り出された者としても終始緊張が途切れず、アイダは何処へ?と刮目せざるを得ません内容でした。

どちら側かを一方的に糾弾したり、アイダを過度な悲劇のヒロインにはめ込んだりせず、悲しみの連鎖を断ち切れるのかを、今の時代の遠い国の客席にいる自分たちに突きつけられたんで、眠気が起こる事なくエンディングを迎えました。
ausnichts

ausnichtsの感想・評価

3.0
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は「エスニック・クレンジング」という、まさしく民族を消し去ることをイメージさせる言葉が一般に流通するきっかけとなった戦争です。

その言葉の誕生にはボスニア政府と契約していたアメリカの広告代理店がセルビア側を非難するために編み出したという経緯があるにしても、この映画で描かれる「スレブレニツァの虐殺」そのものはすでに事実認定されていることです。

そのショッキングな言葉にとらわれて、ことを一方的に見誤らないようにしないといけないのですが、この映画はそのあたりをとてもいいバランスで描いています。

見るものを過剰に煽ることなく、ムラディッチを過剰に悪人に仕立てることなく、また、アイダを善人に仕立てることなく、国連を正義の主にすることなく、それでいて虐殺の残虐性、非人道性を感じさせています。

「ネタバレレビュー・あらすじ:アイダの苦しみを共有できるのなら世界は…」
https://www.movieimpressions.com/entry/aida
ボスニア紛争におけるスレブレニツァ虐殺を、国連軍の通訳をしているアイダの視点から描いた映画。

かつて東欧にあったユーゴスラビアという国は度重なる紛争の果てに散り散りに分裂してしまいましたが、正直に言ってここら辺の近現代史というか民族紛争に関しては複雑すぎて何度調べてもさっぱりわかりません。
学校ではすごい昔の歴史よりも、こういう最近の歴史をもうちょっとちゃんと教えるべきですよね。

驚くのは、この虐殺が起きてからまだ25年程度しかたっていないので、本当につい最近の出来事だということ。
だと言うのに殆どの日本人はそこまで詳しくこの虐殺については知らないんじゃないか、というのが1番の恐怖ポイントだと思います。
ユダヤ人のジェノサイドについては知らない人はいないと思いますが、平成の時代にヨーロッパでこんなジェノサイドが起こっていたなんて俄かには信じ難いですよね。

この映画、何が凄いって直接的な暴力描写や殺人描写、戦闘描写は実はほとんど出てこないんです。
にも関わらず終始凄まじい緊張感で、セルビア軍も表向きは平和的に解決するふりをして、裏で虐殺しているわけで、でもその虐殺に関しては直接は描かれないから、余計恐怖がかきたてられる。
このじわじわと追い詰められる精神がひりつく感じは「デトロイト」の描き方に似てるなと思いました。

直接的には描かれない虐殺描写には恐らくもう1つの意味があって、それはこの問題に関する国際社会の無関心さ、もしくは目を背けようとしてることを表してるのかなと思います。

つい最近も米軍がアフガニスタンから撤退しタリバンの支配下になるという歴史的事件がありましたが、そのときに空港に集まった市民の姿が、この映画の国連施設に集まる市民の姿と被りますね…。

映画を見た誰しもが思うであろう国連無能すぎ問題に通じるところがあると思いますが、ここまで弱々しく頼りにならない国連の描写は久々に見たな、という感じです。

あれは装備も貧弱で実際に戦力としても頼りなかったのかもしれませんが、おそらく虐殺の存在を認めない、認めてしまったら国連が市民を見捨てたことになってしまうから、虐殺は無かったことにしようとする、そういう描写で、それが印象的な目を見開いて真正面を見据えるアイダと、正面を向かず眼を逸らそうとする国連との対比として描かれてるのかなと思いました。

ラストの子供たちのシーンは民族共生の希望のようでもあり、この問題がまだ未解決であることを表してるようでもあり、なかなか考えさせられる映画でした。
主人公がヒーローじゃなくてちゃんと人間やってるのがいい。
国連ってなんでも出来んのかと思ってたけとそんなことないわな。そりゃそうだわな。
観終わって初めて詳しく調べる。
生まれは誰も選べないが、それだけで何かしらの印象を持たれることも確か。
自分がもう生まれていてそんな昔の話でもないこともびっくり。
この経験はすべきではない。
こうした実際起きた民族紛争の映画を観るたびにショックを受けてしまいます。

アイダの視点で描かれる為、まるでサスペンスのような臨場感と苦しみがダイレクトに伝わってきました。
同じ街で暮らし、同じ学校で学んだ知り合いと戦うってどういうこと?


観賞後、この映画のポスターの意味がよくわかりました。
劇中何度も映される人々の顔、顔、顔。
思想も民族も人種も男女も関係なく、そこには人間として一個人として生きる人々がいるんだと訴えかけてきます。
何度も書いているけれど、今まで日本人の私には人種どころか民族の違いや宗教によって起こる差別や争いを実感できていなかった。
こうして映画を観て、学びながら考えるようになりました。
けど、このような映画を何度観ても
同じ街に住んでいて、民族の違いで殺し合わなければいけなかった事に深く傷ついてしまいます。
この映画のラストも、アクトオブキリングを観た時と同じく愕然としました。
しかも観賞後調べたら、このセルビア人の侵略は数ヶ月後に制圧されてるなんて!!
この映画によって、尚更
民族紛争の虚しさだけじゃなく、国連の意味までもが疑問に思えて仕方ありません。
勉強不足な私でさえそう思うんだから、史実を知っている人ならもっと憤りを感じると思いました。
オリンピックの意味とかのレベルじゃないんだと絶望したし、この紛争自体たった20数年前で、ニュースになっていたのは知っていたのに、関わらず感心さえ持っていなかった自分も悲しくなりました。

多様性。
ボーダーラインの無くなる未来を願って、今を生きる私達は声をあげていかなきゃって思う。
私はラストのアイダの顔を忘れないでいようと思います。
4genji

4genjiの感想・評価

4.0
インターホンの音❗️
ピヨピヨピヨピヨピョ‼️

と、終盤にそんなポップなサプライズに襲われたものの、つらい。つらいつらい。勝手に主人公の家族は逃げ延びるんだろうなんて、フィクションに慣れきったスタンスで見ていたら、そんなに甘くない。あーーーーーーー、即決処刑、何だその熟語。
こんな歴史があることを学べて良かった。
Ayc

Aycの感想・評価

3.9
8000人を超える市民が殺された、たった25年前の出来事。国連の無力さが、悔しく恐ろしい。
何故無力であったのかも触れてあると良かったな、と自分の不勉強を棚に上げて思ったり。
人間は平和に生きられないものなのか、と苦しくなるけれど、知るべき事実。
リク

リクの感想・評価

4.0
スレブレニツァの虐殺を題材にした本作。
95年、日本では阪神大震災が起こったあの年に、遠い場所でこんな悲劇が起こっていることを恥ずかしながら知らなかった。

国連で通訳者として働くアイダが、夫、2人の息子を守るため、模索しながら基地の中に入らせたり、偽造のIDを作成しようとするその姿は良くも悪くも人間味・母親としての強さを感じさせるものだった。

そして元いた場所に戻り、教師として働くラストシーン。老人を、若者を、男性を、女性を苦しめた・殺した奴らの子どもを指導する気持ちは理解するのに時間がかかるだろう。

ジェノサイドは絶対に起こってはならないし、現状のデリート文化にも警鈴を鳴らして行かないとならない。

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