KnightsofOdessa

ミス・マルクスのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ミス・マルクス(2020年製作の映画)
2.5
[好きな格言は"Go Ahead"です] 50点

物語は1883年の父カール・マルクスの葬儀から始まる。この数ヶ月前に姉ジェニーも亡くなっており、2年前に最愛の母イェニーも亡くなっている。更には映画の中でエンゲルスも亡くなる他、映画自体がエリノアの最期に向けてカウントダウンをしていくかのように、冷酷な年号表記がなされている。そんな死の匂いの立ち込める15年の間に、彼女は様々なことに気が付き、行動し、時には目を瞑る。"行動"について、彼女が翻訳し主演したイプセン『人形の家』が直接的に引用され、"私の思想は父の受け売りで、中身が空っぽの人形なのではないか"と言わせているが、劇中でそれ以外に活動記録以上の言及はない。逆に"目を瞑る"行為に関しては、金遣いの荒い女好きな夫エドワード・エイヴリングとの関係性がほとんどである。彼女は金持ちに抑圧されて生産者としての主体を剥奪される労働者と、男性に抑圧されて人間としての主体を剥奪される女性を重ね合わせて活動しているが、自分自身に関してはその図式から外し、どれだけエイヴリングに虐げられようと彼を待ち続けるのだ。そんな感じで本作品は、対外的にはフェミニストとして活動しながら、家の中ではエイヴリングの有害な男性性に従属しているという矛盾を描くことに固執しているが、冒頭からエイヴリングは冷淡な人物だったので情熱的な恋の発端が分からないし、エリノアによる第四の壁破壊や劇伴としてのパンクロックなどの余計な装飾が矛盾に至るエリノアの感情部分を描き出すことを阻害し続けている。というか、全体的にパンクな感じなのかと思ってたが、分かりやすくパンク要素を入れてるだけで、確かに意味はあるんだろうけど微妙な盛り上がり具合だった。エンゲルスの存在もニコニコしてるゆるキャラみたいなんだが、本当にそんな関わりが希薄だったのだろうか?伝記ものって難しいね。

これで行方不明のニコール・ガルシア『Lovers』以外の2020年ヴェネツィア映画祭コンペ作品は見終わったが、残念ながらレベルが高いとは言い難い。自分が審査員なら金獅子はなしにします。
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