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ミス・マルクスのkei188のレビュー・感想・評価

ミス・マルクス(2020年製作の映画)
2.1
難しい。

主人公であるエリノア・マルクス。すくなくとも高校の授業で一度は耳にする経済学者・哲学者であるカール・マルクス。中身はわからずとも、誰でも名前は聞いたことのある資本論。歴史上の著名人であるカール・マルクスの子供たち、6人兄弟の末っ子、エリノアのお話。
この映画を見るまで、その存在さえ知りませんでした。生涯を通じて、社会主義の実現を目指し、貧富の格差の解消、男女の平等を訴えた人だそうです。

この映画ではその彼女主張とその実態のギャップにフォーカスがあたります。彼女は法的には独身のままでその生涯を閉じます。内縁関係の男と暮らしていましたが、男は結婚していて、離婚はしてない男。そして、金もないのに借金を重ね、さらに酒と女につぎ込んでいます。

富の平等分配を訴え労働者階級を救う、男女の平等を訴え女性の社会進出を訴えるエリノア。その実態は、お金に縛られて、男に縛られていました。彼女が訴えるものとは真逆の私生活。彼女には裏の面があって、それを糾弾する映画ではないですし、人間は本音と建前だということを伝える映画でもないです。

人間の本質とは、女性の本質とは?を問いたいのでしょう。心底愛した相手との状態が、自分の思い通りにはいかないつらさ。外では勇ましく、街宣を行うものの、惚れた相手には溺れる生身の人間。彼女は内縁の夫の浮気を確信し、自殺で幕を閉じました。心底愛した、いや惚れた相手を考えるのは主義主張ではない、別の地平があるのでしょうか?
前に進め、彼女がまだ中学生くらい?マルクス父にモットーを問われたときに応えた一言。それを心に秘め、活動していた彼女。全身全霊で前に進んでいたのでしょうか?。女性目線での感想を参考にしてみたいところです。

極端な二面性を見せて、女として面と外の面を対比させて、考えろ、と言っているんだと思います。しかしながら、おっさんには女ごごろというものは推測の域をでず、しかもぞっこんの女ごころは確信的、かつ100%理解できるわけでもありません。さらに、この映画にかけるところがあります。なぜ、エリノアがこんな体たらくな男にぞっこんなのか。そこが表現されないために、余計わからないのです。

かの有名な大ヒット曲(1984年)、ブルース・スプリングスティーンの「Dancing in the dark」のド・パンク、カバーバージョン。その曲に踊り狂うのがジャケ写です。この映画は19世紀末です。彼女の激情の気持ちを表すための演出でしょうが、まったく関係がない感じがします。1980年代のころをにおわせるパンク調の劇伴の数々、監督が若かったころの音楽の趣味でしょう。

2021年劇場ー86本目