ミス・マルクスの作品情報・感想・評価 - 5ページ目

「ミス・マルクス」に投稿された感想・評価

Jollieee

Jollieeeの感想・評価

3.6
社会問題に取り組む様子がもっと描かれるのかと思ったら、それよりダメ夫や父親などに悩まされる私生活がメインのようだった。それを補うようかのに時折挿入されるその時代を写した白黒写真。
でも嫌いじゃないし、むしろ終盤の疾走感がどうにも好き。
マルクスの末娘の半生を、自立への覚醒と挫折という視点で再構築する伝記映画。

覚醒と挫折の双方にどこまで見る者が感情移入できるかで評価というか感想が分かれるのでしょう。

彼女が縋る配偶者への「愛」の共同幻想性と、自身その渦中にはない身で取り組む「労働環境」改善への空回りの連続が見ていて歯痒い。であるなら当然、その歯痒さが彼女への同調や理解、問題共有に至らないということにもなる。

自らの破滅を確信したあの舞い、あれが私にはさほど響かず、というか『シュシュシュの娘』福田沙紀のダンスの切れ味に遠く及ばないのは、私にしてみれば「然もありなん」という感覚。

フランス語の『インターナショナル』。私が歌ったそれとは結構節回しが違っていた。そこはとても興味深く見ました。
そして案の定、映画館を出た後の夜の梅田の街を「立て〜飢えたる者〜よ」と口ずさみながら家路に着いたのでありましたとさ。
猫

猫の感想・評価

4.1
とても良かった、とても興味深く面白い話だった。
まずは音楽が良い、新解釈のクラシック、ロック。
少しでも “自分の生き方” 
に疑問を持っている全女性に観て欲しい。
劇中エレノアが言う。
“私はずっと支(つか)えてきた。最初は父、母、姉、そして甥に、私は私の人生を生きたい”
でも彼女は気づかない。
愛と言う “言葉” の魔物に。
自ら愛すると思う人に支(つか)えていることに。
社会運動の話を挟み彼女の人生を描く。
中途の戯曲や会話が最後に繋がる、素晴らしい構成。
エンディングの後、すぐに立ち上げれなかった。エレノア同様、心が切り裂かれてしまった。
気づく人、気づかない人。
気づいても行動できる人、できない人。
社会問題だけでなく自分の、一度しかない人生に対して、生き方を
突きつけた。
凄い映画だ。
本年のベストテン入り決定。
愛は奪い取るだけじゃない
与えてくれるものでなければ。
1883年イギリス労働環境改善、女性児童労働の撤廃を声高々に述べ、初期資本主義を指摘して社会主義的傾向に活動していく。だが反面恋愛は上手くいかず、自滅の道を歩いてしまう。時代の最先端で、世界が動く音を自ら作り出したような元気な女性がエンディングでは弱い自分に勝てない結果に終わる。あの時代の空気が少し味わえたので良かった。今でも貧しい国々では同じことが繰り返されてる。社会の速度はそんなに速くないのが実感させられる。
FRANCIS

FRANCISの感想・評価

4.0
熱き闘志と深い知性を父から継いだ、カール・マルクスの末娘エリノア。

愛を信じた結婚相手は、ヤク中、浪費家、浮気者のクズ夫。心身蝕む報われない愛。

弱者救済を掲げた社会闘争、撤廃目指す児童労働、働く女性の権利向上。

表裏一体のコミュニズムとフェミニズム、高らかに鳴るパンクロックと革命歌インターナショナル。
大学の教授がフェミニズムの研究をしていて、その流れで上野千鶴子の「家父長制とマルクス主義」を読んでいたからこれは観なきゃ〜と思って観にきた

エリノア・マルクス自体は全然知らなかったんだけども
彼女は社会主義革命運動や女性労働者の権利向上、児童労働の撤廃に翻訳もしていたりとマルチに活動していたのに、今作で描かれていたのは基本的には夫や家族との関係がメインで…


幅広く活動をしてきた彼女だけど、実生活では幸せだったのか…みたいな視点で描きたかったのだろうか
彼女がマルクスの娘という重責に逃げ出せなかったみたいな風に受け取られてないから心配になるな

一夫一妻の話をしているときのエリノアが1番好きです
あんな

あんなの感想・評価

2.0
どうして女性活動家の映画は恋愛をメインに語られてしまうのか。
Reina

Reinaの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

「『ボヴァリー夫人』のように、妻が自殺したらロマンチック」伏線回収、、!?演じた時の服だったし。
現代の音楽と史実の組み合わせ、映画じゃないとできないことで好き。
内容はよくわからなかった、でも劇中歌のパンクとクラシックがとても良かった。最近ソニックユースを聴いていることもあって、
浅学のため、カール・マルクスの末娘に関しては知らなかった。
昨今のMetooや女性/貧困者の権利見直しの時勢と繋がる魅力的な人物像だが、なかなか映画自体も映画のヒロインとしても魅力的に描き切れていなくて勿体ない。
矛盾をはらんだキャラクター自体は別に構わないのだが、作劇のバランスがこれではエレノアや彼女のイデオロギー自体を却って批判している様になってしまっている。

ニーナ・シモンが公民権運動の旗手としてアジテーター、アーティストとして活躍していた時、皮肉にも夫に経済的にも肉体的にも支配されていた矛盾とも重なるし、皮肉ではなく、だからこそ彼女自身の芸術活動に昇華されていった部分もあるのだろうし、そこを美化せずとも、作り手側もそこに向き合った物語にして欲しかった。
もちろん、史実として彼女が選んだ選択がああであれば、ある程度の悲劇性は避けられないのだが…彼女の運動家としての功績に最終的に着目する流れが、本来の作り手の意図やエレノアへの哀悼にも、今的な映画としての強度も増した様に思う。

19世紀末のコスプレ劇にパンクロックをのっける演出は、個人的には大好物だし、エンドロールのあのカヴァー曲は、意外でありつつリリックが絶妙で見事。
ロモーラ・ガライも強さと弱さを備えたヒロイン像に見事にハマっており、この物語を別の脚本演出でもう一度紡いで欲しいという口惜しさが残る。

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