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親愛なる同志たちへのRickのレビュー・感想・評価

親愛なる同志たちへ(2020年製作の映画)
4.5
 「祖国のため」とは一体何なのだろう。ストライキなど社会主義国家では起こるはずがないと言うことなのか。体制を脅かす「暴徒」を徹底的に鎮圧することなのか。死体を無かったことにして、恐怖で人の口に戸を立て、見せかけの平穏だけを保つことなのか。血に染まった地面を、新たにアスファルトを敷いて覆い隠すことことなのか。たとえそれが身近な人を抑圧し、殺すことになったとしても、「祖国のため」であれば許されることなのか。今作は一貫してその問いを観客に突きつけてくる。
 ソ連史が語られる際、スターリン期は粛清やホロドモールなど暗黒のイメージを、その後のフルシチョフ時代はスターリン批判によって「雪解け」のイメージを付与されることが多い。けれども、そんな単純な図式では描けないのも事実。今作の主人公のように、スターリン体制から多く恩恵を受けた人にとっては、つまり国家による剥き出しの暴力を見ることなく、理想や大義、大祖国戦争における勝利のみを追い続けることができた人にとっては素晴らしい時代だったに違いない。一方で、フルシチョフ時代は、新たに導入した経済改革が人々を苦しめた時代という側面もあるし、ハンガリー暴動やノボチェルカッスク事件のように国家的な暴力が振るわれた時代でもある。良いところもあれば悪いところもあるというよりは、どちらもコインの両面なのだ。その時体制の側にいたのか、抑圧される側にいたのかで、見える景色は正反対になる。それだけの話だ。主人公の父は帝政期からのロシアの流れをじっと見つめ、主人公は第二次世界大戦の頃からのスターリニズムに浸かり、戦中生まれの娘は新たな時代の到来を肌で感じている。たったの3世代でここまで、体制に対する捉え方が違うのだ。
 見終わってから、ずっと頭に響いている「нечего не знаю(何も知らない)」の言葉。何かを知っていることが罪になり、保身のためならば「何も知らないこと」を貫かねばならない。誰もが本当のことを言っていないことなど知っているのに、表面上は何も無かったことにする。それが秩序なのだろうか。本質主義には陥りたくないが、今の状況を見るとロシアは何も変わっていないと思わざるを得ない。もしかしたらロシアに限った話ではないかもしれないが、傾向が強いのは確かであろう。別に社会を運営する手法に正解はないのであり、資本主義や社会主義、民主主義や共産主義、どのような理想を掲げても良いだろう。ただ唯一条件があるとすれば、理想や大義に執着して人々を絶大な国家暴力で踏み潰さないことであらなければならない。人があっての社会であり、社会があっての人など許されて良いはずがない。
 今作の終わりは、あまりに楽観的に映ってしまったところもある。でも、それでもこのままでは駄目だ、きっと良くなる、きっと良くしていかなければならない。そのような決意表明が見えたことで、微かでも確かな希望がそこにあると信じたい。
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