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夜明けのうたのbluetokyoのレビュー・感想・評価

夜明けのうた(1965年製作の映画)
3.8
最後まで見ると、実はいい映画だったのかなと思える。思い浮かんだのは、アントニオーニ監督の作品。浅丘ルリ子さんが演じるのは、ぶっ飛んだスーパースターの緑川典子である。だが、そこまで、やらなくともよかったのでは、と思える。
後半部分でよかったのは、だらだらしたところである。もはや、誰もストーリーを推し進めることはなく、エアポケットに入った状態な感じである。それなのに、なにごとかのエネルギーによって、動いていくのだ。主役の緑川典子をはじめ、すべての登場人物が、運命を受け入れるわけだ。

簡単にあらすじ。
パーティーから抜け出して、ハイテンションなままの状態で緑川典子の向かう先は、若手作曲家の愛人、野上の泊っているホテルである。
野上には妻子も家庭もあるようで、だから、不倫であり危険な遊びに過ぎない。ということで、仕事もあるし疲れているので出掛けてしまう。

当てが外れて手持ちぶたさになった緑川典子は、買ったばかりのスポーツカーに乗り込んで、高速道路を飛ばす。小田原まで来たところで、疲労と睡眠不足でドライブインから運転手へ電話。スポーツカーを取りに来てもらおうとしたのだ。だが、不在だった。

そのとき、ある若者が、自分が都心まで運転すると名乗りを上げた。
その若者は、彼女を連れていた。利夫と千加子という名前。その彼女は目の病気であることに緑川典子は気付くのであった。

自宅に戻るのは止めて、知り合いの病院に行った。千加子の目の病気は治る見込みはなく、遅くとも半年後には失明するということだった。

緑川典子は、利夫に、千加子の目の病気は治らないこと、遅くとも半年後には失明することを告げて、ようやく帰宅した。

家に帰ると、マネージャーの房江と運転手の富夫は、カネや宝石類を持ち逃げしたあとだった。

そんなときに限って、ではないが、脚本家とプロデューサーがやってきて、渡しておいた、夜明けのうたというミュージカルの脚本の意見を聞きに来た。忙し過ぎたのかチラ見していたのか、緑川典子は、そんなもん、見ていないとすげなくいった。じゃあ、この場で読んでくれということで、見ると、その脚本は、浮気をしている緑川典子のことが書かれてあり、怒った緑川は、出演を拒否して、そのまま外へ出た。
車に乗り、再び飛ばし始めたが、事故を起こしてしまう。

病院に担ぎ込まれるが、軽傷だった。

帰宅して、自宅に大勢の人を招いてどんちゃん騒ぎをして、さらに、ナイトクラブで踊るのであった。そのとき、名前をアナウンスされた。なんだろうと思っていると、ステージの歌手が、夜明けのうたの主題歌を歌うので、花束を贈呈して欲しいということだった。出演するつもりはなかったのに、と思いつつ、花束を渡すのであった。

早くこんなところを出ようと思ったら、偶然、利夫と千加子のカップルに出会った。

健気にも、利夫は千加子に目の病気について本当のことを話し、盲学校に見学に行ってきたといった。

緑川典子は、そんな二人をボーリング場に連れて行ったりするのだが、あることに気付き、二人を会員制のバーに連れて行った。
利夫の言ったことがきれいごとであることに気付いたのだ。二人に本音を言えと告げると、二人は互いに激しくぶつかり合うのだった。

そのとき、バーに、夜明けのうたの脚本家が入ってきた。脚本家は、この役はあんたには無理だと言った。

本音から逃げてきれいごとの中で生活していたのは、緑川典子自身の姿だったことに彼女は気付いたのだ。典子は、夜明けのうたに出演することに決めた。

そのあと、利夫と千加子を羽田空港に誘い、さらに、野上の泊まっているホテルに連れて行った。二人をその部屋に残して、別れを告げ、野上を連れて外に出た。外に出ると、野上に、浮気の関係はもう終わりにすると告げて別れた。

自宅に帰ると、どんちゃん騒ぎで部屋の中はめちゃくちゃだったが、掃除してきれいにして、カーテンを開けると、夜明けだった。

緑川典子の長い夜は終わった。

といったところである。最後の夜明けを際立たせるために、ずっと、夜のシーンでもよかったと思う。もっとも、昼間は、ずっと睡眠不足状態なので、それはそれでいいかもしれない。
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