まぬままおま

いとみちのまぬままおまのレビュー・感想・評価

いとみち(2020年製作の映画)
3.8
横浜聡子監督作品。

青森出身の横浜監督が、青森出身の駒井蓮さんを主演に迎え、青森を舞台に女子高生いとの成長を描いた作品。その成長の鍵になるのは、祖母と亡き母から受け継いだ津軽三味線とメイド喫茶である。なんとも異色な二つの物事が交差して、いとの道をつくっていく。

主人公いとの津軽弁は同じ「日本語」を話しているが、字幕が必要だと思うほどに訛りが激しい。それにはびっくりしたし、メイド喫茶の決まり文句「お帰りなさいませ、ご主人様」が上手く言えず、家で練習している様子はとてもシュールである。

また本作は、いとの三味線が亡き母との記憶に触れたり、友情を育んだり、メイド喫茶の再興になることで人との「絆」を結ぶことを描いている。そしてこのような音楽における「絆」の描き方とは別に、食べ物の差し出しによっても描いていることが面白い。

例えばメイド喫茶の上司である幸子といとについて。幸子は二度、いとに食べ物を差し出している。一回目はいとが客からセクシュアルハラスメントを受けて控室にいる時、いとが負い目を感じていることを叱責するとともに励ましを込めて、デコレーションされたアップルパイをあげる。このアップルパイには幸子のいとを想う気持ちが滲み出ており温かい。対して二回目はオーナーの逮捕を受けて店を閉めることが告げられた時、客が来ず大量に余らせたアップルパイをビニール袋に詰め渡す。このアップルパイはゴミ同然で、店が閉まることのやるせなさと関係の終わりを感じさせる冷たいものである。
このように同じアップルパイであっても、状況や差し出され方などの描き方で違った感情や関係性を示しているのである。

そして何と言っても、いとと父についてもコーヒーの差し出しで物語を紡いでいる。
はじめ父がいとにコーヒーを淹れようとする。だがその最中にメイド喫茶に対する価値観の違いで口論をしてしまい、二人の関係は悪化する。それによりいとは家出を、父は山に逃避してしまう。頭を冷やした父は、いとの働くメイド喫茶に来店する。いとは父の姿をみるや、父が頼んだコーヒーを自ら淹れて父に差し出すのである。渡しそびれたコーヒーが、父のもとに。ここに二人のはっきりした仲直りの言葉や成長はないけれど、確かに絆を取り戻したと私は思うのである。

青森は東京を中心に日本をみれば辺境な地である。そんな辺境な地で、流行りもしないメイド喫茶を中心にシャイないとが、シングルマザーの幸子が、夢みる智美が、夜遅くまで働く母をもつ友だちがいる。彼らはこの社会で周辺化された人たちで、そのような人々を描こうとすると悲惨な物語になってしまう。だがメイド喫茶で人々が集う時、三味線の音楽が奏でられる時、食べ物が渡され食べられる時、笑いやドラマが起こり、絆が取り結ばれる。それは物語として面白いし、かけがえのないことだと思う。

人の集うところに道あり。
いとが喜びに満ちた街に生きることを願う。

蛇足
家出をするいとと山にいく父を、頭を冷やしてこいと元気に送り出すいとの祖母・ハツヱが素敵すぎる。