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空に住むのnetfilmsのレビュー・感想・評価

空に住む(2020年製作の映画)
2.3
 華奢な女の子のバッグに入れられ、背中で背負われた猫は、透明な球体部分からどのように世界を見つめただろうか?映画を観終わった瞬間、そんな事を思わずにいられない。一人娘の最愛の両親の死から始まる物語は「空虚さ」を抱えた主人公が自身の「空白」を埋めようと環境を変える。新宿の全景を一望出来るタワーマンション39階の部屋からエレベーターで階下へ。そこから職場への道程は端折られ、主人公が険しい石段を降りて行く様子が反復される。彼女の勤める古民家にある出版社は明らかに徒歩圏内ではないのだが、詳しい道程は明らかにされない。然しながら青山真治監督の高低差へはの執着は随所に見られる。

 だが人も羨むようなタワマンに越してきた女の心は一向に晴れない。異様なのは遺影のない位牌が2本立つだけの殺風景な構図だ。段ボールという最も生活感を感じるアイテムも省かれ、壁に掛けられた抽象アートと石を積み重ねたパーテーションに自然と目が行く。やはりどこか生活感がない殺風景で異様な部屋。だが彼女と共に暮らす黒猫ちゃんには外の世界は1mmも視界に入らない。1階のプールに心ときめいた猫にとっては叔父夫婦のセレブ生活や飼い主のロマンスなど一向に興味などない。部屋を一歩も出ることの出来なくなった飼い猫の心労は、物語を思いもかけない方向へと追いやる。こうして重ねられた死というものの持つ祭りが、反復することでようやく主人公の胸に迫る。

 両親の葬式で涙一つ流さない女も、不倫の末子供を産むことにする女も、セレブリティのフリをしながら、合鍵でコッソリ親戚の部屋に出入りする女にも、スクリーンの中の女性たち3人には異性としてなかなか共感出来なかった。それどころか主人公の瞳には、常に困惑の表情が滲むのを忘れてはならない。タワマンの中で唯一気の置けない場所はエレベーターだろう。不特定多数が出入りするこの場所で、主人公はあのビルボードでキラキラとした表情を見せていたはずの男の素の表情に出会う。階下を目指したはずの主人公はうっかり階上へと向かうが、ビルボードの男のエスコートで階下の現実へと戻って行く。主人公の上下動の動きは、アクションとしての躍動の代わりに何度も反復される。しかしその上下動を真に欲していたのは、彼女ではなく猫でなかったか?

 ヒロインの階下への憧れは、横長の古民家だけでなくゴミ置き場の支配人にも宿る。39階から彼女が欲する地下1階への眼差しは、相米慎二の『夏の庭 The Friends』のような柄本明という役者の持つ朴訥とした魅力が、スクリーンの前の我々をすっかり捕えて離さない。彼の異動こそは、当たり前にそこにあったものの消失を予期させる。全てもの物事が死に絶えて行く世界では、新たなる生と作品だけが流転する。多部未華子と対比するような岸井ゆきのの軽薄なしたたかさも拾い物だが、脇を固めた鶴見慎吾とほんの少ししか出番のなかった永瀬正敏の佇まいの濃厚さ(監督はジャームッシュの『パターソン』を想起したに違いない)。そして主人公を優しく包み込むような出版社上司を演じた高橋洋の演技が、抜きん出て素晴らしかった。
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