喜連川風連

拝啓天皇陛下様の喜連川風連のレビュー・感想・評価

拝啓天皇陛下様(1963年製作の映画)
4.0
慶應卒、野村芳太郎監督一流の、痛烈な皮肉がきいた戦争映画。朗らかに、軍隊生活を描きながら、底流では徹底的にバカにしている。

「恐れ多くも天皇陛下におかれましては」
と言うだけで、背筋を伸ばす軍隊を何度も描写し、皮肉っている。

主人公・渥美清は孤児であるがゆえに、三食くれる軍隊生活を「天国」と称している。実際、軍隊生活は暴力の温床になっているが、渥美清は気にしない。

そのため、戦争が終わりそうになると、天皇へ向けて戦争を終わらせないよう手紙を出そうとする。本来、人が死ぬ場所にもかかわらず、軍隊が自分の生きる目的になっている倒錯具合が面白い。フォレストガンプを思わせる。

そして、軍隊に入るまで、関心すら払っていなかった天皇に対して、異常なまでの敬意を表し始めるのだ。

戦後は、自分の友人や妻のために生きようと努力するが、やっていることは戦前と変わりない。

徴発と称して、他人の鶏を盗んだり、死体を担いで運んだりしている。

天皇陛下のために、命を燃やしていたのが、友人や恋人に変わっただけである。だが、前半と後半で全く違う人物に見える。

組織や空気に流されるまま、自分の大切なもののために、生きようとしただけなのに、全く違う人生が展開されてしまう不条理。

こんな戦争映画の視点、平成世代の自分には決して持つことはできない。

その時代にしか作れない文化が確かにあるが、ホンモノの太平洋戦争映画はもう二度と作れないだろう。

顔の日焼け、シワの入り方、軍服の汚れ、言葉回し、そのどれもが素晴らしく、現代の映画は到底及ばない。

安っぽい悲劇としての戦争映画はもう飽き飽きだ。1940年代前後をテンプレートで暗い時代と描くことは、かえって戦争をバカにしているようにしか思えない。

そういった意味でも、この戦争映画は白眉。

素晴らしい映画だった。
喜連川風連

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