マンボー

デニス・ホー ビカミング・ザ・ソングのマンボーのレビュー・感想・評価

3.7
香港で生まれ、カナダのモントリオールで育ち、思春期には当時、香港で活躍していた若き歌姫アニタ・ムイから多大な影響を受けて、やがて香港のコンテストで賞をもらい、香港に戻って歌手を目指すが、しばらく事務所には所属しながらも雌伏の時を過ごし、アニタ・ムイへの弟子入りが叶って彼女のライブに帯同し、やがて単独でも人気を得て、そのうちその人気は沸騰して香港にとどまらず、やがて中国国内のアイコンになるものの、香港に対する中国の政治支配に対抗する民主運動に参加したことで、中国政府から目をつけられて、大手の事務所やコンサート会社は彼女から一斉に手を引き、収入を断たれ、それでも政治信条を曲げず、さらに同性愛者であることを告白し、その後も有志を得て個人で大規模なライブを開き、民主運動への参加も辞めない美しくも凛々しい一女性の三十年を追い続けたドキュメンタリー映画。

彼女自身は、さほど取り繕うことなくカメラの前に立ち、話し、曲を作り、準備をし、レコーディングをして、ライブに立ち、民主運動に参加しているだけだが、変わりゆく社会情勢と、激変してゆく自らの立ち位置に対して、彼女自身の表情と行動とがほとんど変わらず、嘆きも弱音も焦りもなく、それでいて張りつめていて隙のない表情でいるのがどうしても美しいと思う。

同性愛者ということもあってか、その理性的な素振りと、キリッとした佇まいは、まるで宝塚歌劇の男役のよう。男性特有の生臭さや脂っぽさが抜けていて、頑健ではないけれどスマートで、それでいて心揺るがず、一貫した生きざまを見せているから、それはかっこいい。

それでも男性としては、彼女のかっこよさに、ものすごく惹かれるというわけではないけれど、国連の会議で民主運動家としてきっぱりとした表情で、さらさらと発言していたり、大会場のライブで汗をかいて一所懸命歌ったり、小さな会場やレコーディングで心を込めて歌ったり、何時間も同胞たちの間で座り込んだり、そんな様々な姿を見ているうちに、何かかわいい人だなとか、こんな人が歌いたい舞台を政府が取り上げるなんておかしいし、彼女の望みが叶ってほしいなとは思えてくるし、彼女を崇拝する女性がいても全く驚かないという気になった。

これを撮りあげ、彼女を追い続けたパワーと持久力もすさまじく、少なくてもこれまではそれほど興味を持って見てこなかった近年の香港を、無理やり首をつかまれて、ちゃんと見ろよと言われた気分。

映画のエンドロールが流れ終わるや否や、本作を観ていた年配女性たちがいっせいに立ち上がって拍手をしはじめたので、突然のことにあっけにとられて驚いてしまった。

とにかく今後は、香港の記事に目が止まったら、読まずにやり過ごすことはできないだろうと思う。