カツマ

皮膚を売った男のカツマのレビュー・感想・評価

皮膚を売った男(2020年製作の映画)
4.3
自由を手に入れたはずだった。母国は混沌とした情勢の淵にあり、彼は外の世界を求めていた。それなのに、手に入れた人生は思いもよらぬ動乱の旅。愛する人との運命がいつか交わるはずだと信じていたのに。彼は売るべきではなかった。自分の身体を。彼は理解してはいなかった。芸術という名の狂える華を。

チュニジアの新鋭、カウテール・ベン・ハニア監督が送るアート業界へのしなやかな斬撃。実はベルギーの現代アーティスト、ヴィム・デルボアの作品『Tim』を題材としており、実話ベースではないが、非現実的な物語でもない。また今作は、第93回アカデミー賞の国際長編映画賞(外国語映画賞)にもノミネートするなど高い評価を受けており、ヴェネツィア国際映画祭で(主に主演のヤヤ・マヘイニが)喝采を浴び、東京国際映画祭でも上映された。自分の皮膚をアーティストへと売り渡した男の数奇な運命とは。シリアの情勢も絡めて社会風刺色を強めたかと思えば、映画としての醍醐味を感じられる作品でもあった。

〜あらすじ〜

シリアのラッカに住むサムは、電車内で恋人のアビールに結婚を了承してもらったことに舞い上がり、その時の発言が元で、反逆者として捕縛されてしまう。何とか親族の助けで監獄入りは免れるも、もう彼はシリアにはいられない身。アビールとの仲を引き裂かれ、彼は失意のままレバノンへと逃亡した。
レバノンでサムは、大使館の男と結婚したアビールとインターネット上で会話することしかできず、自身のどうしようも出来ない現状にもがき続けていた。レバノンではアーティストによる展示会が催されており、サムはそこに忍び込み、無銭飲食をすることが習慣になっていく。そんなサムに目をつけたアーティストが、現代アート界のカリスマ、ジェフリー。彼はサムの背中を買い取り、自身のアート作品を彫り込むことで、故郷に帰れないシリア人でも国境をも越えられる、という社会風刺を作品に込めてみせた。皮膚を売ったサムはアビールの住むベルギーへ飛ぶも、彼女には自身が展示物であることを言い出すことができず・・。

〜見どころと感想〜

今作の巨大な軸はやはり現代アート業界への痛烈な皮肉であろう。カリスマ的なアーティストが皮膚を作品としたことで、人間が売り物として売買される様は非常にシュールな光景だ。更にはシリアの内戦を背景とし、難民としての姿を克明に記すことで、人権問題や移民、難民問題の在り方にまでメスを入れた。そんないくつかの軸が交わることによってがんじがらめになる物語、なのかと思いきや、この映画は一筋縄ではいかなかった。最後の最後まで転々とするストーリーも今作を楽しむ上では大切な要素だろう。

主演のヤヤ・マヘイニは本職は弁護士らしく、映画出演は初のようである。それだけにリアルな風体で、翻弄されゆくシリア難民という役柄に奇妙なほどにフィットしている。また、今作の題材となったアーティスト、ヴィム・デルボアが弁護士役としてチラリとカメオ出演しており、弁護士が主演を演じ、アーティストが弁護士を演じている、という構図もまた面白い。ネームバリューのある役者だとやはりモニカ・ベルッチだろう。他にもジェフリー役のケーン・デ・ボーウも、出演作の多いベテランとして、映画を引き締める役を担っている。

自身の身体を売り渡し、高額で売買される展示物になる、という設定からして、今作は胸糞映画の予感がかなり強い。が、意外にもエンタメ性が高く、最後の最後までこちらに的を絞らせない脚本には思わず舌を巻いてしまった。テイストはフランス映画のそれなので、てっきり展開を予想しながら観てしまったが、この暗澹とした空気感のまま最後まで堪能してもらえると、更にこの映画を楽しむことができるだろう。皮膚を売った男が迷い込んだ迷宮の先にはどんな光が待っているのか?混沌が深すぎて、迷宮の入り口すら忘れてしまいそうだった。

〜あとがき〜

激戦のオスカー国際部門にノミネートしたこともあって、多面的な問題提起に仕上がっていますが、それでいて我々鑑賞者を楽しませることを忘れていない、という点で特異点に到達した作品かと思います。静かな展開かと思いきや、一気に後半に話が動くところも好きな要素でしたね。

そもそも現代アート業界に関してはもはや金持ちの道楽化の一途を辿り、お金とは切っても切れない関係に。そんな現状への目一杯の皮肉を込めつつ、映画としてのドラマ性を失わなかったおかげで、メッセージ性が説教臭くないという点もしなやかでした。個人的にもとても好きな一本でしたね。
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