近隣の映画館でそれほど観たい作品がかかっていなくて、雨の日曜日、久しぶりにガラガラだった川越スカラ座で、柄にもない作品を鑑賞。
人魚だというので、アンデルセン童話を下敷きにした作品かと思っていたら、マーメイドというより、むしろ船乗りたちをその歌声で亡き者にするセイレーンに近い設定で、さらにその美貌に恋をして歌声を聴いた男性は死んでしまうとか、マーメイドの方も二日以内に海に戻らないと死んでしまうとか、アンデルセン童話もそうだけれど、独自のかなり都合の良いルールにやや困惑(笑)
監督はマルチアーティストだとか、なるほど、だから物語も設定も全てに自分で手を入れて、オリジナル作品を作りたくなるわけで、物語作家なら、必ず伝説や既存のストーリーの設定を、ある程度は下敷きにするけれど、本作はそもそものモチーフから自由に改変され、パリを舞台に一から物語を作り上げた作品だった。
パリは決しておしゃれなだけではないはずだけど、切り取り方次第で歴史の深みとデザインの遊び心や優美さが際立つ世界的にも有数の都市であり、さらに室内のデザインや出し物等にも、いかにもアーティストを自称する監督らしい細部に及ぶこだわりが感じられて、特にデザイン好きな方には魅力的な作風かもしれない。
物語の方は、無垢で若くて童顔な美しいマーメイドと、中年だが童心を持った男性の恋物語で、男性が彼女に恋をしているわけじゃないといいながらも、怪我をしたマーメイドのために献身的に立ち働いて、ひたすら一方的に男が女につくす恋で、そんな経験がそれまでなかったマーメイドの心が少しずつ傾いてゆく印象なのだが、女性が半人半魚とあって心の交歓がすすんでも、ほぼ身体性が伴わないので、物語は淡くて少し子どもっぽい印象。
マーメイドが長い時間を過ごす室内の浴室のデザインが、美しいライトブルーとピンクで印象的だったが、それもこの雌雄の無垢さ、幼さを象徴する色づかいに見えた。
わずか二日のプラトニックな恋物語で、男性が尽くして盛り上がるストーリーだということが中盤から見通せるので、どうしてもその世界観や二人の気持ちが近付いてゆく過程に没入したり陶酔したりという感覚にはならなかったけれど、デザインされた街、部屋、コスチューム、小物、人物が織りなす本作の世界観を好きだという人は必ず一定数いる作品だと思う。
男女を逆にしたパリ版シェイプ・オブ・ウォーターは、作品に似つかわしくない現実主義の中年男性にはややそぐわないけれど、雨の日曜日の映画館には本当はぴったりで、無垢なカップルが駆けつければ、羨ましくも、お互いロマンチックな気持ちになれる作品だと思う。