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この茫漠たる荒野でのnetfilmsのレビュー・感想・評価

この茫漠たる荒野で(2020年製作の映画)
3.8
 時は1870年、南北戦争の終結の余韻冷めやらぬ時期。退役軍人のジェファーソン・カイル・キッド(トム・ハンクス)は街から街へと転々としながら、10セントで人を集めては新聞のニュースを読み聞かせることで生計を立てていた。そんなある日、ジェファーソンは林の中でひっくり返された荷馬車を発見する。白人社会を高らかに宣言する不穏な張り紙の後、吊るされる必要のなかった人間の変わり果てた姿。その瞬間、林の中で微かに物音がしたのを元軍人が見逃すはずはない。ゆっくりと林の中を分け入るとそこには年端も行かない少女が茫然とした様子でこちらを見ていた。男は英語で話しかけるが彼女に伝わっていない。荷馬車の中を調べ上げた男は彼女の名前がジョハンナであると確認する。散々たらい回しにされた挙句、ジョハンナを親戚家族の下へ送り届けようと決意する男だったが、隣に座った少女は怪訝な表情を浮かべながら何も話そうとしない。まるでトム・ハンクスがかつて主演した『キャスト・アウェイ』での物言わぬボール「ウィルソン」のように、男は辛抱強く話しかけ続けるが彼女の心は簡単には開けない。退役軍人が言葉の通じない少女に話しかける様子はスピルバーグの『アミスタッド』を真っ先に思い出す。あの映画で重要だったのは教育の徹底だが、男は辛抱強く単語を連呼しながら、少女に英語を覚えさせようとする。

 南北戦争が終結し、都市部の治安が戻りつつある一方でまだまだ南部や中西部では法律よりも銃で支配しようとする野蛮な輩が後を絶たないのだ。その度にジェファーソン・カイル・キッドは彼らの理性に訴えかけようとするが、野蛮な無法者たちを説き伏せることが出来ない。そうかと思うと自分たちの蛮行を英雄の行為であるように吹聴する輩も出て来て、男は困惑する。西部劇で強いものにこびへつらう物書きのように、生きるための処世術として真実から目を背ける人たちも多かった19世紀だが、ジェファーソン・カイル・キッドという男は新聞に書いてある出来事を決して誇張することなく伝える。当然、悪人たちの偽りの英雄譚にも耳を貸さない。近年では自由の国アメリカの模範のようなリーダー役を演じることの多いトム・ハンクスにはもうそろそろ悪役をやって欲しいところだが、今作でもいつもと同じように善悪を正しく判断し、少女を様々な悪意から守って行く。そして男の皺に刻まれた贖罪の念の理由まで明らかになる。時代は違えども『LEON』や『都会のアリス』など大人と少女2人1組のロード・ムービーは後を絶たないが、交通網が整備された現代を走るのと馬車や徒歩で走るのとでは日数も疲労もまったく違うだろう。疲労困憊の2人が蜃気楼の中に見た砂上の楼閣。西部劇を下敷きとするロード・ムービーは、分断の時代に「茫漠たる荒野」の存在を知らせる。
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