horahuki

ダーク・アンド・ウィケッドのhorahukiのレビュー・感想・評価

4.2
決して払拭できない罪悪感

高齢の両親が住んでる実家。寝たきりのパパを見舞いに久方ぶりに田舎に帰ってきた兄妹。でもママは泣きながら「家に帰れ!」と2人を追い返そうとする。そして次第に感じ始める何者かの気配。誰かいるのか?そもそもパパは本当に寝たきりなのか?不穏な影が家族を飲み込もうとする正統派オカルトホラー。

『ストレンジャーズ』『ザ・モンスター』の監督で個人的に推してるブライアンベルティノの最新作。10年代前期〜中期に大ブームを巻き起こした家系オカルトホラーも『ヘレディタリー』が良くも悪くもトドメを刺してしまったのか、『ロッジ』等々の良い作品もあれど、どんどんと勢いを失っていったように感じていたけれど、20年代初めにこうして正統派な良作が生み出されたのは再ブームの可能性を期待してしまうし、コレ系好きとしては期待したくなる!!

作風的にも10年代の総決算的な印象を受けた。『回転』のような境界を意識した恐怖演出が再興していた10年代の前期〜中期は、『死霊館』シリーズを筆頭としたジェームズワンの「静かな反復で滞留させた“負”をジャンプスケアによって爆発させる」モノが多く見られたけれど、助走のないチープなジャンプスケアを多用するポンコツが量産されたために批判の的となったからか、中期〜後期は、「ただそこに立ってるだけの異形が画面の端に朧げに映る」といったような『ヘレディタリー』に代表される静けさを徹底した演出が台頭していった印象。あくまでも個人的な印象だけど。

そして本作はその折衷的位置づけになってるように思う。勿論それは本作特有というわけではなく、有名な作品だと『アナベル死霊博物館』も同様に折衷的だったのだけど、どちらかというと前期寄りで、本作は後期寄り。近年のslow-burn horrorの代表的作品でもある『ウィッチ』のように、あらゆるモチーフによって不穏を静かに高めていきながらも、その「不穏」そのものに絶大な信頼を置き、『死霊館』のバスシーバやヴァラクのような明確な「敵」の具現化を嫌う。

それも10年代オカルトホラーの流れの面白さだと思う。前期は『死霊館』シリーズのように、家族の内部に巣食った「魔」を家族の絆の再獲得・再認識によって打ち破るポジティブなものとしてのオカルトホラーが多かった。だからこそ、家族の強固な絆を高め「家族は素晴らしい!」的な価値観を強めるために、家族が協力して打ち破るべき明確な「敵」の存在が必要だった。

それに対し、後期は家族という切っても切れない関係性そのものを「魔」あるいは「呪い」として描くネガティブなものが増え、『ヘレディタリー』のようにオカルトホラーとして描くものだけでなく、『聖なる鹿殺し』のようなサイコホラーの形式を採るものも多く見られた。

そしてそれは本作も同様で、家族としての関係性の内部に向けられた「責任と罪悪感」を主題としている。本作の場合には兄妹が両親とずっと疎遠であったことが描かれ、家族としての責任を放棄し続けたが故の罪悪感が2人を苛む。しかも父親は寝たきりであるため、もう埋め合わせをすることでもできない。自分たちも親という立場になったからこそ、罪悪感がより大きくのし掛かってくる。両親の住む家が田舎の牧場というのも「忘れ去られた場所・人」というのを強調している。

監督の前作『ザ・モンスター』では親子の関係性崩壊のメタファーとしてモンスターを利用することで「敵」を具現化させていたけれど、本作の場合には関係性が崩壊したわけでもなく、親に対してもう何もしてあげることができないという解決方法のない内省的な罪悪感を恐怖の対象としているからこそ、明確な「敵」として具現化されない。それはもう決して打ち破ることができないから。その罪悪感が彼らに「魔」を見せ続けるのは、日本の怪談的でもあり、パパが行動しているように錯覚するのも、ある意味での願望なのでしょう。

爆発を伴わない反復と怪異との境界。行って戻るトラッキングの中で見切れる影の差異。日常から引いていく中で現れる異常。遠巻きに聞こえて来る細かな日常音の多重奏と規則正しく鳴り響く音の強迫観念的な意図の強調。恐怖演出がとにかく素晴らしく、どれもが高クオリティ。他の方も書かれてますが、とにかく細部に至るまで音での空気感のコントロールが非常にうまいので、もし公開されるなら絶対劇場で見たいなって思った。『死霊館』も新作控えてるし、正統派なオカルトホラーの再ブームは本当期待したい!!