さわだにわか

ダーク・アンド・ウィケッドのさわだにわかのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

観客の解釈の余地を残す作りには一応なっているが、弟の「母はどうやって首を吊った?」「父は死んでいる」の台詞を作り手が何も考えずにわざわざ挿入したとは考えにくいので、そこから、母は死んでおらず(=首を吊る足場がない)父は既に死んでいるが、あの姉は父を看取れなかった(看取ることを拒否した)ことに罪悪感を抱いていて、弟はそのことで精神を病んだ姉に対して罪悪感を抱いていて、実家での一連の出来事は二人の罪悪感が見せた(主に姉の目線での)複合的な妄想と理解するのが妥当。

寝たきりの父は姉の妄想。父が風呂に来て姉が死ぬほど怯えるのは罪悪感の表れ。弟は存在しない父の妄想に囚われた姉を見ていて段々おかしくなってくる。最後に母親の声が聞こえるのは母親が死んでいなかったから。弟の妻子も母親も誰も死んでいないが姉弟は心労に耐えかねて自殺したという話。悪魔は存在しない。

追記:
神父の台詞「認識しようがしまいが関係なくやつは来る」は死のメタファーとも取れる。この台詞は「やつはもう家の中にいる」と続くので、これも家の中の死=父の死を指示する。また、序盤での母親の様子や納屋の奇妙な飾り付けを見るに彼女もまた精神を病んでいた可能性(おそらく認知症)が考えられる。以上考慮した上で物語の流れを整理すると、

(以下は映画では直接描かれない前日譚)
・寝たきりの父親が危篤なので来てくれと母親が二人の子供に電話する
・二人は忙しいからと拒否する
・父親死ぬ。母親と子供二人の間に溝が出来て、母親は精神を病んで悪魔の存在を信じるようになる。

(ここから先が映画で描かれること)
・父親を看取れなかったこととその結果として母親が精神を病んだことで姉は強い罪悪感に苛まれ、頼んでもいないのに弟と一緒に実家に来る。
・姉が父はまだ生きているという妄想に入って、弟もそれに引きずられる
・精神の病でコミュニケーションの取れなくなった母親を見るに耐えかねた姉の妄想の中で母親が自殺したことになる。葬儀の際に一悶着あるのはおそらく弟が姉の妄想に話を合わせているから。
・扉が開く、電気が勝手に点く、裸で死んだはずの母親が徘徊するなどの怪奇現象は怪奇現象ではなく、生きている母親のやっていること。
・弟が仕事があるから帰ると言い出すのは本当は母親は死んでおらず、それが姉の妄想だと知っていたから。
・父親の介護人は実際には母親の介護人の可能性がある。神父は母親に悪魔妄想を授けた人の可能性がある。
・病んだ姉と過ごす一週間で精神的に追い詰められた弟は家に帰るも、母親と姉を見捨てた罪悪感に耐えられず自殺する。
・実家に残された姉も自殺する。その時になって母親が本当は生きていることに気付く。

…というのが俺の解釈ですが、信じるか信じないかはあなた次第ということで。