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ドライブ・マイ・カーの雑記猫のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.0
主人公・家福が死別した妻への自身の本当の気持ちに気付くまでを描いた作品。その感情へとたどりつくまでの彼を取り巻く空気感の演出が豊かで、その豊かな作品の空気感に没入することで、家福の感情にじっくりと入り込むことができる。この抜群の空気感を生み出している二大要素が「ドライブ」と「演劇」。

 ふんだんに盛り込まれたドライブシーンが心に深く残る本作。本作におけるキャラクター同士の心のぶつかり合いがことごとく車内で行われているという点が、このドライブシーンに作品における重要な意味を与えている。車内という狭い密室で主人公の家福は、ドライバーのみさきや因縁のある若手俳優・高槻と濃密な言葉の応酬を交わし、魂を静かに、しかし激しくぶつけ合わせる。また、家福は1人で車を走らせる際には自身が出演・演出する演劇のセリフを暗唱することをルーティンとしているのだが、この車内でのセリフが要所要所での家福自身の心境を暗喩する内容になっており、ドライブの時間が家福が自身の心のうちを見つめる時間にもなっている。このように本作におけるドライブシーンは幾重にも作品内での意味が折り重ねられたシーンになっており、それが観るものにも映画鑑賞を通して長いドライブをしていたような感覚を与える。

 この作品のもう一つの柱は先に述べたように「演劇」だ。本作の3分の2近くの時間が、主人公の家福が広島の演劇祭で演出家としてチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を作り上げていく過程に割かれており、物語の本筋はこの演劇パートが担っている。本作の面白い点はこの「ワーニャ伯父さん」の制作過程がオーディション→本読み→立ち稽古と非常に丹念に描かれている点である。この制作過程が非常にドキュメンタリーチックで、映画的には驚くほど静謐としていてドラマ的な起伏はないにも関わらず、それが逆に心地よい映画体験となっているから不思議だ。
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