ちこちゃん

ドライブ・マイ・カーのちこちゃんのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.2
なんとも言葉では表せない作品である。
劇中劇を使うことで、主人公家福の心情がより強く映しだされる

主人公の家福もドライバーのみさきも心に呵責を持って生きている。家福は愛している妻である音が他の男と寝ていることを知らぬふりをして二人の関係を壊さないようにしている。しかし、ある日、音に帰ってきたら話したいことがあると言われ、家から送り出されるが、その話を聞いてしまえば2人の関係が変化してしまうことを恐れて夜中に帰宅したところ、音はクモ膜下で倒れており、そのまま亡くなってしまう。ドライバーのみさきは、がけ崩れで半壊した家から自分だけが逃げ、母を助け出さず、死なせてしまう。

人はどんなに近くても自分以外の人のことは全て理解することなどできない。家福も音のことのすべてをありのままに音のこととして認め、受け入れることはできなかった。結果として音を永久に失ってしまう。そしてみさきも母のことをすべてありのままに、DVであったことも、性格の2重性があったことも、それらをすべて受け入れることはできなかった。
音の愛人の一人であり、家福の劇で演ずることになった高槻から、家福は自分の知らなかった音と自分には見せなかった音を軽率で肉体でしか繋がらなかった高槻に見せていることを知る。そして家福は高槻に他人を知るためには、とことん自分を知ることであると言われる。

自分が向きあっているいくら近しい人であったとしても、その人を完全に知るということはできない。誰しも他人が知らない部分を自分の中に隠し持っているものである。それが夫であっても子供や親の肉親であったとしても同じである。唯一、人ができるのは、その人とかかわり合う自分を深く知ることで相手をどこまで、どのように許容するかを決めることしかできない。しかし、それには自分の醜さ、弱さ、過去と向きあって自分を裸にして分析し、自分を掘り下げて理解していくことであり、それは本当に辛い作業である。それはチェーホフの劇の練習でも家福のセリフとして言われることでもあるが、「自分をあぶりだす」ということで、それは自分をさらけ出すことと同意義であり、非常に難しい
だから、生きていくのは大変なことである でも人はそれらの全てを抱えて生きていかなければならない、ということがこの映画のメッセージと捉えた

この映画の映像はすべてが美しい 車も、海も、街も、夜景も、高速道路も、煙草も。それらの画面での配分が繊細である。一幅の絵画のように俯瞰でとる画角が美しい そしてそこに入る音に対しても美を感じる 無音という音を巧妙に使っている

役者の人達も本当に巧である。西島秀俊さんはもちろんのこと、霧島れいかさん、三浦透子さん、すべての人がベストキャストであると思う。
そして期待を良い意味で裏切ったのは岡田将生さんである。軽薄で、浅学で、本能で生きる高槻を演じた岡田さん。本人の中にはカケラもないであろうキャラクターを見事に演じ切っていると思う。これからとても注目したい役者さんをまた一人見つけたように思う
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