Music(原題)の作品情報・感想・評価

「Music(原題)」に投稿された感想・評価

sonozy

sonozyの感想・評価

2.5
オーストラリアのシンガーソングライターSIAの初長編監督作。
SIAの楽曲によるミュージカル・ドラマ。

12歳の時、SIAのMV(『シャンデリア(2014)』他)の天才的なダンスで注目を集めたマディー・ジーグラーが自閉症スペクトラムの少女Music役を演じ、その面倒を見ていた祖母が急死したことで戻ってきた異母姉妹の姉でアルコール中毒で問題を起こし保護観察中のZu役を丸刈りヘアのケイト・ハドソンが演じてます。

Musicは常にヘッドホンで音楽を聞いていて、朝食に卵焼きを作ってもらい、髪を三編みにしてもらうと、一人で近所を散歩するのが日課。

自身に問題も抱え、Musicの対処に不慣れなZuが、これまでMusicをサポートしてきた近隣の人々(Ebo/レスリー・オドム Jr.など)の協力を得ながら2人で暮らしていこうとする物語です。

自閉症の役に自閉症でないマディーが起用され、ある種のステレオタイプを演じていることに対して「エイブルイズム(Ableism): 非傷がい者を優先する差別」であるという批判や、Musicが発作を起こした際の周囲の対応(身体拘束的)の見せ方にも批判を集めてしまった模様。

IMDb(3.1/10)、Rotten Tomatoes(批評家8%、観客13%)とかなり低い評価で、ラジー賞 3冠(監督賞/SIA、女優賞/ケイト・ハドソン、助演女優賞/マディー・ジーグラー)も獲得しちゃってます。

ミュージカル(MV)シーンはコスチュームやマディー・ジーグラーのキュートさ、ケイト・ハドソンもダンス&歌も頑張ってて楽しめますが、内山信二似の気の優しい巨漢Felixのサブストーリーに共感できなかったり、Musicが主役かと思いきや、Zuの再生物語的な展開も残念。
SIA本人が登場するシーンもなんだかなぁ・・

個人的にケイト・ハドソンのイメージは『あの頃ペニー・レインと』のカーリーヘアで止まっているので(笑;)やはり丸刈りは違和感がありますねぇ。
kazata

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3.5
まさかのゴールデングローブ賞ノミネート!…からのラジー賞最多受賞(最低主演女優&助演女優&監督)というSia初監督作品をウォッチ!!
(何度も言いますが自分はSia大好き人間なんで、、、2019年の豪雨のフジロックでのライブは最高でした!!)

世界的に酷評されてる本作ですが……ちょっと過剰&不当なネガティブキャンペーンが目に余る気がする。
(「どんだけ酷い描き方しちゃったの?」とドキドキしながら鑑賞だったけど"この程度?"な拍子抜けレベルでした…あくまでも個人的な感想ですが)

まず、「自閉症のキャラクターを健常者が演じること」への批判について。

いやいや、ルーカス・ドン監督作『Girl/ガール』(トランスジェンダーorシスジェンダー問題…)の時にも言ったけど、大事なのは「マディー(ジーグラー)ちゃんレベルでダンス&芝居ができる当事者がどれだけいるの?」ってことよ。
(Siaの神曲「Chandelier」をマディーちゃんレベルで踊れる自閉症の役者が何人もいるんなら動画アップして欲しい!)
(マディーちゃんが演じることによって「自閉症の役者のポジションを奪っている」とは言えないっしょ…)
(ちょい譲ったとして、自閉症の役者によるモブシーンがあっても良かったかもだけど)

加えて、マディーちゃんは単なるSiaのダンサーを超えた「Siaの分身的な存在=(乱暴に言えば)身体をSiaに貸しているような関係」なんだから、そもそもSiaの作品の(しかも)"ミュージック"と名付けられたミューズ的なメインキャラクターは彼女以外ありえないわけで。
(百歩譲って「じゃあ自閉症というキャラ設定にしないでコミュ障の無口な少女ぐらいに留めておけばよかったのでは?」という批判なら理解できなくはない……そしたらストーリーはガラッと変えなきゃだけど)
(「ピュアに"音楽"を体現できるキャラ」として自閉症設定にすること…ってそんなにダメ?)
(自閉症の描写=症状or障がい度の程度問題はあるかもだけど…レオ様だって『ギルバート・グレイプ』で演じてたじゃん…それに感動したじゃん…)
(…ってか自閉症と言わずに「脳神経に重度の障がいを抱えていて顔面神経の麻痺症状もある子」ってしとけば良かったんじゃない?)
(本作に嫌悪感持つ人ってMr.ビーンとかもダメなのかな??)

次に、「身体拘束の描写」について。

「パニック状態になっている人を落ち着かせるために地面に押しつけて動けなくする」という描写が批判されているみたいだけども……この辺は最新の対処方法を知らないから、事前に専門家の監修を受けておけば良かったかもね。(とは言え、そこまで暴力的な拘束方法には見えなかったけど…)
(立ったまま抱きしめる…ぐらいでも効くんならその方が良かったかな)
(でも、強張った身体を横にして筋肉の緊張をほぐすと精神的にも落ち着く……っていうリラックス方法は実際にあるけど!どうせならケイト・ハドソン演じる姉のズーがヨガやってる設定もあったから、その辺の理論武装=説明シーンを描いても良かったかも)

とにかく、「本当に映画見て批判してます?」的な酷評も多いから、ラジー賞だからって日本で劇場公開しないなんてことが無いといいんだけども……未公開くさいな(悲)
(せっかく作ったんだからIMAXでやってくれてもいいんだよ!観に行くから!!)

(IMAX公式チャンネルの予告編↓)
https://youtu.be/N0OX1M61pgs

さてさて、映画の中身について、
アル中でヤクの売人という前科者のダメダメな姉貴が、障がい児の妹の面倒を見ることになったら……的なシンプルな物語。

はい、普通に楽しかったし、感動して泣きました!
(Sia大好き人間な上に先行してサントラやらMVで楽曲を聴き込んだせいも多分にあり…)

"日常に溢れている生活音が音楽へと繋がっていく"感じも良き!だし、主要キャラクター(兼ダンサー)が"ザ・多様性の尊重"(社会的マイノリティ全員集合レベル)なのも同時代的だし、"音楽=想像力は無限大=フィクション世界への愛が爆発"なのもアガるし。
(「音楽は全ての人に開かれているから素晴らしいんだ!」というアーティストらしいメッセージ)
(ミュージックの空想=心的世界を映像化したミュージカルシーンは、リアル世界で抑圧された様々な感情をノーリミットで解放した世界観となっていてグッド!)
(ミュージックなりに大切な人の死を理解して受け入れるシーンがちゃんとあるのもナイス!)
(ドラマパートがMV風のミュージカルパートに引っ張られ気味な編集やカット割りなのが惜しいのと、クライマックスは"それまで閉じられていたミュージックの空想世界がリアル世界に寄ってきてこそ感動できる"シーンだったから絶対に屋外であるべき!!)


(以下、クライマックスシーンに触れます↓)

(とは言えSiaファン以外には感動が伝わらないかもだけど…)

Siaの作った"Music"という曲が劇中で3度流れるんですが、その3度目でマディーちゃんが歌った瞬間に涙が溢れ出ちゃいました!
……(アルプスの少女ハイジで言うところの)「クララが立った!」ってヤツ(笑)

なぜそんなに感動したかって、
Siaの(身体面での)分身だったマディーちゃんが、
ついに「Siaの歌を歌った=自らの声を手に入れた!」ってことだから。

このクライマックスシーンには、マディーちゃんの"Siaからの自立=卒業"って意味も込められているはず!!

(スピルバーグ監督版『ウエスト・サイド・ストーリー』でも役者マディーちゃんとしての活躍を期待しています!!)
umisodachi

umisodachiの感想・評価

1.8


アーティストのSIAが初監督したミュージカル映画。

アルコール依存症克服中で薬の売人をしているズーは、祖母を亡くしてひとりになってしまった自閉症の妹ミュージックの後見人になる。ミュージックの扱いに慣れていないズーは困惑するが、隣人のエボに助けれてなんとか日々を過ごしていく。周囲にも彼女たちを助けてくれる人々は何人もいた。薬のディーラーを辞められないズーは、あるときミュージックと散歩中にバッグを失くしてしまい、酷く落ち込んで再び酒を飲んでしまう……。

評判最悪のこちらの映画。とはいえSIAも好きだしミュージカルだし、せっかくなので観てみようと映画館へ!蓋を開けたらシアターに1人だけという状況だったので、伸び伸びとソロ鑑賞することができた。ラッキー。

肝心の映画はというと、正直かなり気が滅入る出来だった。どこから指摘していけばいいのか……そもそもどうなの?とも思うし、ストーリーもどうなの?と思うし、ミュージカルシーンも「うーん」という感じで。どうしてこうなった。

自閉症の少女ミュージックを演じているのは、SIAのミュージックビデオで鮮烈なダンスを披露していたマディ・ジーグラー。私自身は自閉症でも自閉症の家族がいるわけでもないので、ジーグラーの演技のリアリティ云々についてはよくわからない。ただ、健常者である彼女が自閉症の役を演じていること自体にも批判はあるようだ。SIAは「最初は自閉症の少女をキャスティングしようとしたけれど難しかった」と弁明しているそう。

私はミュージックの演技に強い違和感を持った。それは、ストーリー部分とミュージカルシーンにおけるミュージックのキャラの違いを感じだからだ。本作のミュージカルシーンは「ミュージックから見た世界」を表している。カラフルでポップな世界の中で、ミュージックや周囲の人々がユニークな髪形と衣装で登場し、そのときどきのミュージックの心理状態を歌と踊りで表現していくのだ。その世界におけるミュージックは自閉症の特徴をほとんど示さない。まるで内面では「普通」であるミュージックが、外の世界では「異常」になるとでも言わんばかりのそのギャップ。私は率直にグロテスクだと思った。自閉症の特徴的な動きや反応は治るべきものでも消えるべきものでもないはずなのに、内面と外面で2人の違うミュージックがいるかのような演出は不適切ではないだろうか。

また、『MUSIC』というタイトルがついているのに、実質的な主人公がケイト・ハドソン演じるズーなのも気になる。アルコール依存症とドラッグのディーラーという荒んだ生活を送るズーが、ミュージックとの関りを通じて成長していくこと自体は良い。しかし、結局のところ健常者であるズーが、健常者である隣人のエボと心を通わせ愛し合う過程に集約していく展開には鼻白んだ。なんだよそれ。そこまで歌が上手いわけでもないケイト・ハドソンが「本当は歌の才能めっちゃある人」みたいな設定なのも不思議だし。

そして、通りの向かいに住む少年フェリックスの存在も疑問。エボが働くボクシングジムにイヤイヤ通う心優しいフェリックスは、ひっそりと陰ながらミュージックを見守っている。フェリックスを演じる俳優が中国系の両親から生まれたようにはとても見えないのも気になったのだが(アジア人の顔の区別がつかないのかなあ。それとも養子だったのか?)、フェリックスというキャラクターが周囲の犠牲になるためだけに存在していたのがモヤモヤ。ここまで都合よく使い捨てられる善人キャラも珍しいよなという感じで、やりきれなかった(役者は良かったけど)。

さらに、監督であるSIA自身が出演している短いシーンがもう……極寒!これ以上ないだろっていうくらい寒い登場の仕方で愕然とした。皆がSIAを崇め奉ったせいで、誰もアドバイスできなかったのかな?SIAの音楽は好きなだけにガッカリ。ミュージックの描き方やフェリックスの役どころにしたって、適切な判断を下せる人はいくらでもいただろうに。耳を貸さなかったのか、誰も何も言わなかったのか。大いに疑問だ。

良かったのはエボ役のレスリー・オドム・ジュニア。ミュージカルシーンでは圧倒的な存在感でどうしても目がそこに行ってしまう。また、ミュージカルシーンの音楽や振付は総じて良かったと思う(ミュージックのキャラクターは別にして)。雰囲気も曲調もワンパターンなので少し飽きてしまったものの、ミュージカルシーンだけをつなげた長いMVとして観れば楽しめそう。

というわけで、せっかくソロで鑑賞したのに残念な感想になった次第。日本で公開されるかはわからないが、観た人の意見を聞きたくなる作品ではあったかな。


モカ

モカの感想・評価

2.5
(長文です)この作品に対する数々の批判を知った上で、映画としてはそこまで悪くないというのが率直な感想。
ミュージカルというより、複数のPVがつながって出来たような構成だった。

私はSiaのファンで彼女の曲は全て聴いていて、かつ身内に強度行動障害(自傷・他害で通常の生活が困難)で重度の自閉症スペクトラム者がいるため、
プラスにもマイナスにも捉えることはできるので長々と両方列記してみる。


プラス面では特にSiaの歌とマディ・ジーグラーのダンスや演技が存分に楽しめる点。
(ケイト・ハドソンはいまいちだけど)
よくある障害者に注目した感動ポルノのようなストーリーでもないのは意外だった。

自閉症スペクトラムの特徴もそこそこよく描けているし、
多くの理解者に助けられコミュニティに溶け込んでるのを見るのは、希望すら感じられる。
あの太った子の存在はよく分からなかったが。


逆にマイナス面で既に指摘されている批判をいくつか。

1つ目はパニック時の対応でProne restraint(うつ伏せに抑え込むこと)を用いるのは不適切という点。

Musicは作中で二度抑え込まれるが、一度は自閉症スペクトラムの弟を持つEboに仰向けで。
二度目は姉のZuにうつ伏せで抑え込まれる。
ただしこれは公園でのことで、黒人の自分が白女の子を抑え込めないというEboの言葉により、
なんの知識もないZuがうつ伏せで抑え込んでしまう。

アメリカでは障害者だけでなく、マイノリティの人が警察による暴力敵な抑え込みで亡くなる話をよく聞く。
それほど危険性の高い行為なので、パニック時にProne restraintは用いないというのが、あちらでは主流のようだ。

Musicはおそらく強度行動障害者ではない。
それなりに言葉を理解しているし、パニックの頻度も少ない。なんと留守番すらしている!
そのような自閉症者に危険な抑え込みを用いる対応は不適切というのは、真っ当な指摘である。


2つ目はポリコレ観点で、Musicは自閉症スペクトラムの役者にすべきだったという点。

この批判に対してSiaは、最初自閉症の役者を選ぼうとしたがうまく行かなかったと言っていた。

自閉症者は感覚過敏を持つことが多い。
Musicが常にヘッドフォンで音を遮っていることからも伝わるが、
大きな音や雑音、光など、環境の変化に対応することがとても難しく大きなストレスとなる。
映画の撮影現場はその権化みたいなものだ。

ただ、感覚過敏でない自閉症者もいるのは確かで、もっと多くの自閉症者でオーディションすべきだったとは思う。


3つ目はMusicの表情や身体の動きの奇怪さが誇張されすぎて、自閉症者を馬鹿にしているという批判。

誇張というよりトゥレット症候群や脳性麻痺患者の動きも混ざってるように見えるし、
また実際の彼らは四六時中そういう動きをしているわけでもないので、
曲中絶え間なく不可解な動きをしているMisicは、自閉症者の特徴としてあまり正確ではないと感じた。
障害を持っている当人が馬鹿にされていると感じるのも当然のことと思う。


上記のマイナス点はいずれにしても、程度の問題に見える。

以下は個人的な意見。
強度行動障害者のパニックに対し絶対拘束をしてはいけないかというと、酷い自傷や他害の可能性があるならやむ無しと思っている。

自閉症者を自閉症者が演じなければいけないのなら、
アスペルガーやカナー症候群で分ける必要があるのかなど、さらに複雑化してしまう。

同じく特徴的な動きを見せている『ギルバート・グレイプ』のディカプリオはOKなのに、この作品だがNGになる線引はどこなのかなど。
現実的に考えても、Musicと同程度の自閉症者が職業役者をすることは困難だろう。

ただ本作品に限っていえばやはり事前の綿密な調査や、
障害者本人・家族・専門家の意見をしっかり聞いた上で作れば、批判の程度も減ったかと思う。

これからもSiaのファンであり続けたいので、多くの批判が今後の彼女の作品にどう影響してくるのかも注視したい。